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「……定期的に空渡つっても、一年に一回あるかないかだ。ヒュウガ隊の一部が派遣されるだけで、確実に俺達が来るわけじゃねェ。しかも、こうやって会いに来る時間があるとも限らねェ」
「で、でも、会える確率は、上がります、よね……?」
そうであってほしいと祈っているのが丸分かりの声に、空腹の犬が呻くような声が出た。お前は口数が少ないんじゃなかったのか。引っ込み思案なんじゃなかったのか。なのにどうして、こんなにも分かりやすい言葉を投げてくる。吐き出せない文句が胃の辺りで渦巻いて引っかかる。本当にどうしようもない。
不意に、尻ポケットで携帯端末が震えた。ジーンズから引っ張り出し、緊急の用でないことを確認してそのままラグの上に置く。沈黙を守った端末に、言うべき言葉が表示されたような気がして二度ほど瞬いた。当然のように、真っ黒な画面にはなにも映ってはいない。どうやら自分から吐き出すしかなさそうだ。
「……端末登録はできる」
縋るような穂香の目を見るのが嫌で、俯く奏の旋毛に視線を投げた。
こちらに来る前、ヒュウガに言われたことを思い出す。「定期空渡すんなら、臨端からの発信があってもおかしくはねぇな」それはただの独り言で、アカギ達に向かって言ったのではなかった。けれど、艦長の独り言は随分と大きく、長かった。「調査目的で接触すんなら、情報源の確保もありっちゃありだしなぁ」あくまでも、独り言だ。
独り言はそれ以上の意味を持たない。「ありっちゃあり」とは言葉通りで、ひっくり返せば「ないっちゃない」ことになる。上層部も、一年半前に起きた緑のゆりかご未遂事件において、濃厚接触者が記憶を有したままであることは把握している。彼女らによる情報漏洩を危惧した上層部は、事件後しばらく監察の連中を派遣して彼女達を見張らせていた。
繋がりは決して切れたわけではなかった。なにも動きがないということは、彼女達に動きがなく無事だということと等しい。それだけで十分だった。
いつか必ず――そうは思っていたものの、現実はそう甘くないとアカギも知っている。なのにまさか、こんなにも早く再会できるとは。喜びよりも先に困惑した。追い打ちをかけるようにヒュウガの独り言が重なり、ますます訳が分からなくなった。「……ムサシ将補がご褒美だなんだっつってたな」大きな独り言に、ナガトが無言でヒュウガの背中に抱き着きに走ったのを覚えている。
「端末登録?」
「特別臨時端末登録。……前にやったろ。あれだ」
「あっ……! ということは、他プレートの端末同士でも連絡が取りあえるってことですか!?」
「まあ、そうなる」
ソファから身を乗り出した穂香が、ラグの上に膝をついて瞳を潤ませた。すぐに泣くところはこれっぽっちも変わっていない。
頬を膨らませて拗ねていたナガトが、そんな穂香を見て柔らかく微笑む。
「必死だね、ほのちゃん」
「え、あっ……」
「あのね、正直、この臨端ってかなりのグレーゾーンなんだ。その名の通り“特別臨時登録”だからね。表立って私的に使えるものじゃない」
「そう、ですよね……」
ナガトの目は奏には向かない。奏もまた、ナガトを見ない。それはひどく不思議で、違和感のある光景だった。
「なにかあったら、こっちにこわーいお役人さんが派遣されてくるかもしれない。そのとき、俺らじゃ庇いきれない。……ただ、今はまだ見逃してくれる」
小さく笑ったナガトの指先が、穂香の毛先を掬った。「ちょっと髪切ったよね、パーマもかけた?」驚いたように頷く穂香に、アカギもまた驚いた。そんなことにはまったく気がつかなかった。さすがは女たらしの同僚だ。
「ねえ、ほのちゃん。実はね、他プレート間恋愛って禁止されてないんだよね。そもそも空渡できるのなんて限られてるんだけど。――なんで禁止されてないのか、分かる?」
「……いいえ」
「今のところ、空渡技術を確立させているのは欠片プレート以外には見られないんだ。分かるかな? たとえば、ほのちゃんが『異世界の人間が飛行樹に乗ってやって来た!』って政府に掛け合ったとする。でもきっと、信じてもらえないよね?」
「たぶん……」
他プレートにおいては「おとぎ話」のようなことを平然とやってのけるのが空渡だ。どれほど詳細な情報を持ち出されたとしても、結局のところそれを鵜呑みにするプレートは滅多にない。加えて、信じたところで空渡艦を開発できるような技術も他プレートには備わっていないのだ。
そういう意味において、欠片プレートの持つ優位性は並外れている。
「でもってね、俺らは記憶操作ができる。――“だから”、プレート間恋愛は禁止じゃないんだよ」
間を端折った説明に、一瞬前後を繋げきれず首を傾げた穂香だったが、すぐに意味を悟ったらしい。たれ目がちな目が大きく見開かれ、責めるようにアカギを見た。責められているように感じたのは、きっと被害妄想だ。そうと分かっていても、直視するのは難しい。
どれほど繋がりを深くしても、いざとなれば記憶操作をしてしまえばすべては無に還る。それが友情だろうと恋愛だろうと、仮に夫婦のように愛し合っていたとしても関係ない。
穂香の優秀な頭は、一瞬にしてそれを理解してくれたらしい。