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「チハヤ教官、それ、もしかして今日までですか?」
「正確には本日1300までです」
「ヒトサンマルマル――って、もう少しじゃないですか。なんとかなりません?」
「なりません」
きっぱりと言い放たれてはどうしようもない。半年経って校長業にも慣れてきたと思ったのに、どうやらまだまだらしい。
連行されるような気分でチハヤに連れられながら校長室に戻りかけ、「そういえば」とムサシはソウヤを振り返った。
「確か今日でしたよね? ナガトくん達の謹慎解除」
青空が、目の前に広がる。
「うっわ、久しぶりに乗ると変な感じ。シミュレーションは欠かさなかったけどさぁ、やっぱ半年飛んでないと大分違うね」
『ヘマすんなよ』
ヘルメットイヤホンから聞こえてきたアカギの声に、見えないと分かっていて酸素マスクの下で舌を出した。エンジンの振動が座席に伝わる。握り込んだ操縦桿に、胸が躍った。
この昂揚感も久しぶりだ。
管制塔からの合図はまだだろうか。
「アカギじゃあるまいし、そんなどんくさい真似しないっての」
『ァア!?』
ヒュウガ辺りに「ガキじゃあるまいしケンカすんな!」と怒鳴られそうなやり取りを繰り返していた最中、管制塔からの離陸許可が下りた。
滑走路を滑る。
オレンジ色の炎が噴き上がり、爆音を轟かせて機体が空気を裂いた。
「G-r2e・ナガト、テイクオフ!」
――さあ、空へ。
* * *
けたたましく鳴り響くアラームに、奏は慌てて飛び起きた。
朝食もそこそこに、髪を梳かして顔を作った。慌てて着替えたせいでストッキングを一足伝線させ、余計に時間がかかってしまった。朝から散々だ。
「ああもう、やばいやばいやばい! ほの、あんた一限必修って言ってなかった? 間に合うん?」
「分かってるけど、でもお水!」
「そんなん母さんに頼んだらええやん!」
「だめ!」
大急ぎで支度をしながら覗き込んだ部屋では、穂香が歯ブラシを口に突っ込んだまま観葉植物に水やりをしていた。一日くらいどうってことないだろうに、一鉢ずつ丁寧に水やりをするものだから時間がかかる。
以前見たときよりも確実にその数は増えていて、そのうち部屋が植物園状態になるのではと思うほどだ。庭の花壇にも、穂香の好きな花がいっぱいに植わっている。
「そしたら先行くで!? 遅れたら課長うるさいんやから……!」
ねちねちと嫌味を言ってくる禿げ頭を思い出し、奏は階段を駆け下りようと踵を返した。
その背中に、「ああっ!」と穂香の声が突き刺さる。
「どうしたん!?」
ぽとりと、穂香の口から歯ブラシが落ちた。白い泡が着替えたばかりの服についている。今から着替えていてはきっと大学に遅刻するだろうに、彼女は目を丸くさせ、ある一点を指さして微動だにしなかった。
虫でもいたのだろうか。
そう思って奏も指さす方を見て――、同じように「あっ」と叫んだ。
小さな白い花が頭をもたげる愛らしいスズランの、そのすぐ下。
真っ白な、イチゴが揺れる。真珠か、あるいは雪を固めたように白い実が。
けれどその白は、緑の中にあった。優しい、緑の中に。白と緑の対比が美しく、周りの花々に埋もれてもなお、より愛らしく存在を主張している。
顔を見合わせて、姉妹は笑う。
「……ほの、こんなん育ててたっけ?」
「どうだろう。あったかもしれないし、なかったかもしれない」
「綺麗やなぁ」
「ほんと。すっごくかわいい」
「――って、だから遅刻っ!!」
――鮮やかな緑に包まれて、ピンクの小さな鉢植えにホワイトストロベリーの実がなった。
【end*27】
【2010.11.08〜2014.04.01】