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痛いくらいに晴れ渡った空が、そこにあった。
あまりの眩しさに目を細め、手で庇を作って外回廊を進んでいく。ふと眺め見たグラウンドでは、年若い少年少女達が厳しい訓練の真っただ中にいた。
教官の厳しい檄が飛ぶ。小銃を担いだままの長距離走は、身体の出来上がっていない彼らには相当きついものだろう。
「オイ、ゼロ! こんくらいでへばってんじゃねぇぞ、ドチビ!」
「チビって言うな、んっの鬼教官!」
へろへろになりながら走っていた小柄な少年が、どやしつけられた途端に汗だくの顔を上げて力強く教官を睨みつけた。睨まれた側の教官は、「褒めてくれたご褒美だ、あとプラス五周走らせてやる」と無情にも言いつけて、にやにやと笑っている。
――相変わらずですねぇ。
たった半年で鬼教官の名をほしいままにしている男のもとへと足を向けながら、ムサシは一人笑った。
他プレートを巻き込んだ「緑のゆりかご」計画から、半年が経った。
テールベルトは未だ変わり続けている。緑花院は力を失くし、王家が再び名実ともに国を動かす方向へと進んできつつある。多くの緑花院議員が粛清され、残る議員は穏健派ばかりだ。
あの一件で、カガ隊、ヒュウガ隊共に負傷者は多く出たものの、隊員側に死者が出なかったのは奇跡に近い。報道機関はこぞってテールベルト空軍の優秀さを褒め称え、他プレートを救ったカガ隊を絶賛した。
結果、ヒュウガ隊の面々も表向きにはお咎めなしの処置がなされたが、命令違反を犯した事実に目を瞑ることは許されない。それぞれ数日から数ヶ月の謹慎処分が下され、一部には三佐以上の昇進が見込めなくなった。
そんな中、最も厳しい処分を下されたのが彼だろう。ムサシは、青空の下で見えない鞭を振るう男に声をかけた。
「ソウヤくーん。おはようございます。調子はいかがですか?」
「ああ、おはようございます。まあ、それなりにってとこですね。そちらは?」
「私もやっと、校長先生に慣れてきました。ソウヤくんは、もうすっかり先生が板についているようですね」
どれほど世間から正義の味方ともてはやされようと、空軍は確かに勝手をしでかした。計画の内容を分かっていて他プレートを危険に晒し、利用した。テールベルト国内では光の部分にばかりが注目されているために、その事実には焦点が当てられていないが、内部ではそうもいかない。誰かが責任を負わなければ、組織は崩壊する。
ムサシからしてみれば、最初からそのつもりだった。もともと、野心で目指した椅子ではない。この首と交換にヤマトの目指す道を作れるのなら、あまりに安い話だった。
責任を取って空軍を去ろうとしたムサシに、ヤマトはその怜悧な眼差しを向け、言ったのだ。
『お前は自分を私の影と言ったが、逆だ。強すぎる光が急に消えれば、無用に騒ぐ者もいる。――分かるな?』
遠回しな言い方は、強制でも命令でもなかった。あくまでムサシ自身に判断させるその手法に、これこそがと、喜びが胸を満たした。
――貴方がそれを望むのならば、いくらでも。
基地司令の職は辞したが、テールベルト空軍学校の校長として軍部にはとどまった。しばらくすれば、またどこかの基地司令辺りに返り咲くだろう。そうして、ヤマトが歩む道を照らす光となる。――強い光は、見る者の目を眩ませるのだ。
「しっかしまあ、まさか未だにこうやって軍属の人間やってるってのが信じられませんけどね、俺は」
「私もほんとは、ソウヤくんにまるっと責任取ってもらって、路頭に迷うなり牢屋に入ってもらうなりしようかと思ってたんですけどね? 艦長方とマミヤくんが、これでもかってくらいに散々脅してくるものですから」
「自分にはもったいない話です」
「またまたぁ〜。嬉しいくせにっ! 素直じゃありませんね」
特殊飛行部は外され、三佐以上の昇進が見込めなくなったものの、ソウヤは配属先をこの空軍学校に変えるだけの処分で済んだ。
緑防大出の特殊飛行部所属のエリート幹部という立場から見れば左遷もいいところだろうが、無断空渡という重大な軍律違反を犯した人間に対し、異例の寛大さを見せたといってもいい。甘すぎる処置だろう。
小さく笑った彼は、青い瞳を眇めて若い翼達を見つめていた。
「マミヤくんに偉そうな口叩いたんで、早いとこ戻らないといけないんですけどねぇ。案外この校長先生って楽しくて、病み付きになりそうです」
「結局、あのお姫さんは首輪つけられたままってわけですか」
「おやおや。そーゆー遊びは、ソウヤくんの方が好きなんじゃないですか?」
「ご冗談を。つけてくれって泣いて頼まれたら考えますけどね」
マミヤは結局、空軍に籍を置いたままだ。これから必要となってくる王族という駒を、そうそう簡単に手放す気はない。彼女が残るからこそ、全体の処罰を軽くできたと言っても過言ではないだろう。
ソウヤがここにいるのも、彼女が残ることを決めたからだ。
どちらにもそれは告げていないが、今の口ぶりからしてソウヤは気づいているのだろう。「余計なことを」と零した声は厳しかった。
「――ムサシ校長」
少しからかってやろうかと瞳を輝かせたタイミングで呼ばれ、つまらなさを感じつつ振り向いた。書類を片手に立っていた三十代後半の男は、航空力学を担当しているベテラン教官だ。血気盛んな若い学生達を相手に指導する彼は、醸し出す威圧感も並のものではない。
そんな彼が持っている書類に目を落とし、ムサシは「あちゃー」と空を仰いだ。