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「だーかーらっ、これは上官達からのプレゼント。きちんとお別れしてこいって言ってくれてね。――と、いうわけで。お嬢様方。僕らと空のお散歩、しませんか?」

 絵本の王子様のような胡散臭い笑顔で言って、恭しく腰を折った。重たい空気を掻き消すように茶化せば、奏の表情も少しは和らぐ。
 「……アホ」吐き捨てられた暴言が震えていたことには気づかないふりをして、ナガトは筒状の簡易飛行樹と、小型の戦闘機を指さした。

「あっちの飛行樹といつものと、どっちがいい?」

 穂香はともかく、好奇心旺盛な奏のことだから向こうの飛行樹を選ぶと思っていたのに、二人とも簡易飛行樹を選んだ。少し拍子抜けするも、ナガトとしては密着できるこちらの方がありがたい。
 飛行技術を見せてやれないのは残念だが、あちらではのんびり会話する雰囲気にはならないだろう。
 ――奏も、そう思って選んでくれた?
 訊けばまた平手が飛んでくるだろうから、心の中にひっそりと仕舞っておく。
 アカギと穂香の間にはぎこちない空気が漂っているのを見て、不器用な同僚に呆れの眼差しを投げた。
 罪悪感を感じて距離を開けようとしているくせに、結局突っぱねきれていないのだから残酷だ。――目くらい合わせてやれよ。穂香の不安げな瞳は、ひたむきにアカギを追っている。
 ナガトがどれほど説得しようと、ソウヤに追い出されなければ彼は穂香に会おうとはしなかっただろう。その方が彼女のためだとアカギは思っているらしいが、穂香からすればどれほど酷い仕打ちか分かったものではない。

「それじゃ、ここから先は別行動ってことで。……文句ないよね?」

 最後の夜に四人仲良くなんて、冗談じゃない。そういう思い出も悪くないけれど、今はとにかく二人きりになりたかった。
 姉妹が顔を見合わせ、苦笑する。

「ない!」

 言いきったのは奏だ。穂香は小さく頷くだけだった。アカギがあの調子だから、不安の方が強いのだろう。それでも頷いてみせたあたり、出会った頃の彼女とは随分と違って見える。
 未だに穂香と目を合わせようとしないアカギが、逡巡したあとその手を引いた。
 ――あ、そういうことする?
 穂香の顔が、ますます困惑の色に染まる。緊張と、不安と、恥じらいと。うっすらと上気した頬を、あの男は見ていない。
 華奢な身体を抱き上げ、彼は簡易飛行樹の翼を広げる。

「先行くぞ」
「はいはーい、いってら〜」

 「ほのに変なことすんなよ」と奏が呟いたのは、二人の背中が随分小さくなってからのことだった。ここはさすがに空気を読んだらしい。
 冷えた風が頬を撫でる。二発も思い切り叩かれて熱を持つ頬には、これくらいの冷気がちょうどよかった。
 このプレートに来たときは、風はまだ生温かった。立っているだけで纏わりついてくるような熱気が煩わしく、早くテールベルトに帰りたいと思っていたくらいだ。
 次第に風は冷え、緑は赤や黄に染まり、そして白を纏った。冬の風はどこまでも冷たくて、肌を刺すようだった。寒さの苦手なナガトにとっては、今すぐにコタツに引きこもりたくなるほどだ。
 だがそれも、もうじき終わるのだろう。

「それじゃ、そろそろ俺らも行こうか」

 輝く星空の下、手を伸ばす。
 どこまで行けるのか分からないけれど、その手を引いていきたかった。いつまでも、どこまでも。
 たとえそれが、今宵限りだとしても。

「――おいで」


* * *



「しかし、本当にいいんですか?」

 モニターに表示された二つの点が離れていくのを見ながら、ハルナが言った。しゃんと伸ばされた背筋はいつものことなので、その胸にコルセットをしているとは言われなければ気づかない。
 端末操作していたヒュウガが、疲れたように目頭を揉み解しながら小さく溜息を吐いた。

「ムサシ司令からのご褒美だとよ。ま、事実、あの二人はいろんな意味でよくやってくれたしな」
「確かにそうですが……」
「まあまあ。思い出作りってやつだよ。それにしてもアカギの奴、頑丈さだけはハルちゃん並だよね〜。腹に二つも穴開けといて、もう動けるってなんなの」

 なにか言いたそうにしていたハルナに後ろから腕を回し、スズヤが笑った。その振動が響くのだろう。ハルナの眉間に深いしわが刻まれる。
 二つ目の穴を開けた張本人としては心配で仕方ないのだろうが、彼自身も大怪我を負っている自覚はあるのだろうか。
 後ろから抱き着いてくるスズヤを鬱陶しそうにしつつも振り払わないハルナを見ながら、ソウヤは意地悪く笑った。

「そのハルナは肋骨四本だっけか?」
「あと足にヒビ。でも、さすがハルちゃんだよね。戻ってくるなり、カガ二佐に『尻を出せ』なんだもん。一体なんのプレイが始まるのかと思っ、」
「やかましいっ!」

 言い切る前にハルナの裏拳が炸裂する。鼻を押さえてその場に崩れ落ちたスズヤに、艦内がどっと沸いた。怒鳴った拍子に胸が痛んだのか、ハルナが小さく呻いている。
 よくもまあ、その様子であれだけの大立ち回りができたものだ。
 白の植物を相手取ったことは言うまでもないが、すべてが一段落して艦に戻ってくるなり、ハルナはカガを見上げて「尻を出せ」と一言低く言い放ち、目を白黒させる彼に向かって思い切り回し蹴りを披露したのだ。相手は自分の隊の艦長だというのに微塵の容赦も見せないその一撃に、カガは前のめりに倒れて床を叩いていた。
 慌てて救護班が飛んできて、もんどりうつカガなどお構いなしでハルナを連行していったのが強く印象に残っている。満身創痍の状態でそこまでできたのだから、さすがはハルナだと誰もが感心した。
 リハビリすれば以前と変わらず動けると聞いて、本人以上に周りが安堵したのは言うまでもない。


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