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果てなき欠片よ空を飛べ *27



 もうすぐ、冬が終わる。
 真っ白な雪が溶けたとき、そこには何色の花が咲くのだろう。



「てことは、ほのに寄生してた大元の核ってやつは、アカギが破壊したん?」
「そ。ナイフでグサッとね。ハルナ二尉が相当焦ってたよー。もうちょっとでお前を殺すところだった、って」

 風の当たらない場所に移動し、ナガトは奏達にざっと事の顛末を説明していた。薄着のまま連れ出してしまったため、奏には自分の分厚いコートを着せてやっている。
 穂香にはアカギの分があるだろうと思っていたので気にしていなかったが、よく見れば彼女は自分のコートを着込んでいた。淡いベージュのかわいいコートだ。現役入院患者のわりにはオシャレ着に身を包んでいる様を疑問に思い、すぐに謎が解けて微笑ましくなった。浮かない顔をしているが、それでも彼女の視線はアカギばかりを追う。
 アカギとしてはできるだけこの話に触れたくないのか、仏頂面で闇を睨んでいたけれど。

「え、どういうこと?」
「撃てないアカギの代わりに、ハルナ二尉が核を破壊しようとしたんだって。なのに撃とうとした瞬間、アカギがほのちゃんの前に飛び出したもんだから、ハルナ二尉の弾がこいつに命中しちゃってさ」
「は? え、ちょ、大丈夫なん!?」
「……見りゃ分かんだろ、問題ねェよ」
「人が心配してやってんのになにその態度。腹立つわー」
「ほんとそうだよねー。相手がハルナ二尉だから助かったようなもんなのにさ」

 ふいっと顔を背けたアカギに、奏は唇を尖らせた。なにその拗ねた顔。かわいいからやめてほしい。
 とにかく、無茶はあったがアカギの判断は功を奏した。核の破壊において、最も確実な方法は至近距離からの直接破壊だ。白の植物との戦闘は接近戦を避けるべしというのが常識だから、ナイフを使うという手段があることを失念していた。もっともアカギとて、自分に突き刺さった枝を切り落としたハルナのナイフを見ていなければ、そんなこと思いつかなかっただろうが。
 イチゴのような核を貫き、さらに穂香の胸に深々と突き立てられたそれを見たときはさすがに肝が冷えたが、すぐさま救護班が治療を施し、一命は取り留めた。ミーティアやハインケルがいたことも幸いして、穂香には白の植物の寄生による後遺症も見られなかった。

「で、ほのちゃんを助けてからは、すぐにその場の後片付け。休眠状態の感染者を回収したり、まだ枯れてない白の植物焼き払ったり、ほんっと忙しかったんだから。やっと今日、全部終わったんだよ」
「ん? ちょっと待って、じゃあなんでほのは交通事故で入院したことになってんの? だって、ちゃんと慰謝料とか治療費ももらってるで?」
「ああ、それはプレート単位で記憶操作したんだよ。一度でも白の植物伝播物質――まあ花粉とかそういうの――に触れたことある人には効く信号流して、ちょちょいっと。植物が白くなる病気があった、変な人間がたくさん現れた。そういう事実は消しようがないけど、たとえ思い出したとしてもあんまり気にしないようにしてるんだ。お金の方は、まあなんていうか、うちから出してるよねっていう」

 上からの命令が下され、このプレート全域に記憶操作が行われた。こんな大規模な例はテールベルト史上初だろう。
 信号を受け取った瞬間から、誰も白の植物のことを気にしなくなった。化物じみた感染者の存在も曖昧になる。それらの事実が、路傍の石ころのような存在へと変わるのだ。
 だから、奏もすべてを忘れていた。彼女の記憶から、ナガトやアカギの存在はそっくり消えた。そのことにすら違和感を持たないように。なにも、思い出さないように。
 記憶は操作できても、穂香の怪我までは消し去れない。架空の事故を作り上げてこじつけた。慰謝料や治療費は、テールベルト空軍が負担している。事実、穂香を巻き込んだのはテールベルト側の過失でしかない。

「じゃあ、私が覚えていたのはどうして……」
「この信号って、濃厚接触者には効きにくい場合が稀にあるんだよね。よく分かんないけど、白の植物の伝播物質の信号と似せてるから、深くリンクしすぎると意味をなさないらしくって」

 ハインケルの説明は相変わらず小難しく、ミーティアのフォローがあっても理解しきれるものではなかった。とにかく、濃厚接触者は記憶が残る場合があるということだけ分かれば十分だ。

「ほのちゃんに至っては、接触っていうか、もうそんなレベル超えてたからね。ほぼ確実に思い出すだろうって、室長さんが」

 濃厚接触者に効きにくいとは言っても、本当に覚えている人間などかなりのレアケースだ。穂香の場合は状況からしてかつて例を見ないものだったから仕方ないとしても、奏に至っては奇跡に近い。
 まさか本当に思い出してくれるとは思っていなかった。
 ハインケルもミーティアも、揃って奏の記憶が残るのは難しいと言っていた。ミーティアは、仮に会いに行ったとしても傷つくだけだとも忠告してくれた。記憶が残るだろう穂香には、ちゃんとした説明が必要だ。ヒュウガやソウヤがその役を買って出ようとしたところを、ナガトが頼み込んだのだ。
 自分達に行かせてほしい。たとえあの子が覚えてなくとも、それでも、自分が行きたい。アカギはすぐには頷かずに、直前まで自分は穂香には会えないとの一点張りで首を振っていたけれど、結局「うだうだ見苦しい」とソウヤに蹴り出された。
 だからこうして、やってきたのだ。

「俺ら、明日帰るんだよ」

 二人の顔が同時に凍りつく。
 傷つき、縋るような目だ。そんな顔をさせたいわけじゃないのに、「帰る」と言った瞬間に凍った表情をどこか嬉しく思ったのも事実だった。
 そんな顔をしてくれることが、堪らなく嬉しくて、切ない。


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