1 [ 150/184 ]

希望の欠片よ咲き誇れ *25



「なあっ、あれでほんまに大丈夫なん!?」

 突如姿を見せた白の植物をモニター越しに目にして、奏はそう叫んでいた。
 あんなものはゲームや映画でしか見たことがない。
 巨大な白の化物がハルナを吹き飛ばした瞬間、奏はいても立ってもいられずハインケルの胸倉を掴み上げていた。怯える青い瞳が苛立ちを煽る。
 これくらいがなんだ。あの子はもっと恐ろしい思いをしている。あんな恐ろしい化物を前に戦っている。
 奏の背後では、それまでほけほけと構えていたカガが顔色を変えていた。「おいっ、ハルナは無事か!?」本人と連絡がつかないことに焦れてか、ひっきりなしに複数人と無線を繋いでいるようだった。

「い、今のところ、五分五分、としか……」
「はあ!? なんやそれっ、あんたが、あんたが行けって……!」

 怒りで涙が滲むのなんか久しぶりだ。
 悔しい。穂香があんな目に遭っているのに、ここで見ていることしかできないだなんて。ハインケルに詰め寄ったところで、どれほど締め上げたところで、どうなりもしないことくらい分かっている。それでも、誰かに吐き出さずにはいられないのだ。そうしなければおかしくなりそうでたまらない。
 モニターに映し出された外部映像には、家ほどの高さはありそうな巨大な白の植物がじりじりと穂香に迫っていた。多くの兵士がそれに向かって弾丸を放つけれど、雨のようなそれを浴びても化物はびくともしない。
 ハインケルの襟を掴む手から力が抜けた。

 どうか夢であってほしい。
 こんな現実なんて、もう見たくない。そう思うのに、モニターから目が離せなかった。
 どれほど傷ついても、白の化物は瞬時に傷を癒す。ハインケルとミーティアがすぐさまデータを解析しているが、彼らが出す結論を待つ時間も惜しい。その間にも、あの化物は穂香へと距離を詰めていっている。

 ハインケルが攻撃するなと叫び、ヒュウガもまた、それを命じた。
 怒鳴り散らしたい気分だった。
 どうしてそんな命令を下すのかと、どうしてそんな残酷なことが言えるのかと、そう声が枯れるまで叫んで気が済むまで殴りつけたい。
 叶うことなら、寄生なんてさせずに助けてほしい。だが、それは難しいと二人の科学者が口を揃えて首を振る。
 穂香のリスクがより高まると聞かされては、そのまま飲み下すより他にない。それはひどく苦く、重いものを胃の底に溜めていった。
 太く長い触手のような蔦が、誘うように穂香に触れる。「やめてや……!」あんなおぞましいもので、妹に触れるな。
 苦しい。悔しい。どうしてあの子が、こんな目に。
 様々な感情が突き上げてきて、それは涙に変わった。せめてもの意地で零さないように堪えるけれど、雫は奏の意思など知らんぷりで静かに眦から滑り落ちていく。
 蔦が伸びる。大切な妹が、白に呑まれる様を見た。艦内がしんと静まり返る。

「よしっ、寄生開始だ。これで核が移れば、」
「なにがっ! なにが『よし』や! こっちの気持ちも少しは考えぇや! ほのがあんなバケモノ相手に、――……そうや」

 はっとして、奏はミーティアへ視線を滑らせた。瞬きをするたび、堪えていた涙が零れていく。睫毛を濡らす雫が、視界に奇妙な靄を生み出している。
 その靄を払うように強く目元を拭えば、やっと世界が鮮明になった。ミーティアの綺麗な黒い瞳がはっきりと見える。

「なあ、もうあのバケモノはほのに寄生したんやんな!?」
「え、ええ……」
「そしたら今のあたしは、他の感染者を引き寄せるだけの力しかないってことやんなぁ!? もうあの親が警戒するとか、そういうのないんやろ!?」
「ちょっと、奏! アナタなにをする気!?」
「ハインケル、さっきの薬あたしにも打って! はよ!!」

 親の核は穂香に寄生した。そう言ったのは二人の科学者だ。
 奏が外に出られない理由が「親の寄生を妨げる」ためだというのなら、もうその理由はなくなったはずだ。一度フェロモンを投与されているこの身体は、感染者を引き寄せる。人には分からない匂いを発するこの身体は、彼らにとっての恰好の餌となる。
 穂香を呑み込んだ白の化物の周りに多くの感染者や動植物が群がって隊員達の攻撃を阻んでいる様子が、モニターには映し出されていた。邪魔な感染者達を遠ざけなければ、彼らはいつまで経っても本体に辿り着けない。
 それを引き剥がすことができるのは、この身体だ。
 恐怖はある。不安もある。――けれど、じっとなんてしていられない。

「おっちゃん、ごめんけど誰か一人貸して! あたしも出る!」
「出るっつったってなぁ。外は危ねぇぞー」
「知ってる! だからごめんって言ってるやんか!」

 一人で出られればいいのだろうが、誰かの補助がなければ外に出た瞬間、彼らの餌食になってしまうことは目に見えていた。ならば穂香と同じように、誰かの力を借りて存分に囮として逃げ回ればいい。
 今度は、戦わなくていいのだ。そう思えば少し気持ちが楽になった。
 戦うのは彼らだ。自分は、餌として走り回ればいい。彼らが本体を片付けるまでの間、しっかり時間稼ぎをすればいいのだ。
 昔から鬼ごっこは好きだった。追いかけるのも逃げるのも、奏はどちらも得意だ。
 これはきっと、その延長線上にある。
 ミーティアが止めるのも気かずにハインケルに腕を突き出し、モニターを睨む。ちくりとした痛みが走ったそのとき、カガがどっと笑った。


[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -