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『人気アイドルグループリーダーが、テレビ局で突然暴れだし、番組スタッフ三名に軽傷を負わせ――』
『教師のいじめが原因か? 小学四年生児童、集団自殺』
『七十八歳、無職の男性が本日未明、近隣住民を次々に殺害していった事件について――』

 苛立ちに任せ、奏はテレビの電源を切った。どの局を見たって、どこも同じような内容ばかりを放送しているのだから、これ以上は意味がない。
 ここ二週間で報道されている事件のすべてが、奏には「白の植物」と関連しているように思えて仕方がなかった。
 これまでも毎日ニュースは報じられていた。毎日どこかで事件が起こり、陰惨な殺人や、嘘か真か分からない芸能人のスキャンダルが垂れ流し状態だったはずだ。しかし、アンテナを張り巡らせた状態で注視したニュースは、奏に求めていた以上の情報をもたらした。
 最近起きている事件は、どれも「異常性」が高い。なにをもって異常とするのかは難しいが、そう表現するより他にない。
 そして、事件や事故が悲惨であればあるほど、場所は都心ではなく、山間や農村部で発生している。今まで治安がいいとされていた、いわゆる田舎での事件が多発しているのだ。
 取り調べにあった容疑者は皆、意味不明なことを口走っているらしく、警察当局は薬物との関与を調べていると報道された。
 インターネットの世界では、テレビよりもさらに多くの情報が溢れている。家の観葉植物が白く変色した、公園の生け垣が白くなった――など、じわりじわりとなにかが全国の緑を蝕んでいっている。

「白の植物、か」

 あの夜から二週間が経ち、高校生である穂香は学校に行っていて不在だ。今この家には、大学生の長い夏休みを満喫する奏しかいない。
 ある程度自由の利く身だからこそ、様々な情報を得ることができた。
 さすがに防衛省に問い合わせる勇気はなかったため、一番近くの自衛隊の駐屯地に電話してみたが、奏の言うことには心当たりがないと返された。
 どこをあたっても結果は同じだった。そもそも自衛隊なんてよく分からない。陸だろうが海だろうが空だろうが、まったくおかまいなしだったのが問題だったのかもしれないが。
 しかしここまできたら、たとえ「白の植物」を駆逐する機関が公的なものであったとしても、それは機密なものと見て間違いがない。一般人が問い合わせたところで、真実など返ってくるはずもないのだ。

「あー、もう。分からんー!」

 鳴り響く電話のコール音が奏を急かす。居留守使ったろか。一瞬浮かんだ考えも、延々と鳴り続けるそれに根負けしてしまった。
 こんなことなら留守番電話設定にしておけばよかった。渋々耳に押し当てた受話器からは、少し早口な、聞き覚えのない男性の声が聞こえた。

「え? ああ、はい、赤坂です。父ですか? 仕事でおりませんけど……。え? ちょっ、待って下さい、それどういう……!?」


* * *



 穂香の通う県立高校は、県内ではわりと有名な進学校だ。駅から近く、学校の目の前には近隣住民が集まるショッピングモールがある。さほど大きくはないが、ちょっとした買い物をするには十分なので、放課後には多くの生徒が立ち寄っている。
 深いカーキ色のブレザーに、灰色のスカート。友人達はかわいくないと口を揃えて文句を言うが、穂香にとって制服のデザインは特に気にならなかった。それに、夏はどうせ白いカッターシャツにスカートだ。それはどこの学校も変わらないだろう。
 二時間目の数学を終えると、次は移動教室だった。教室で書道の準備をしていると、あまり喋ったことのないクラスメイトが声をかけてきた。どうやら担任が探していたらしい。
 呼び出される心当たりなど、これっぽっちもない。なにをしたのだろうかと不安になりつつも、穂香はクラスメイトに礼を言って職員室に向かった。
 恐る恐る職員室のドアを開けると、今まさにドアに手をかけようとしていた担任とぶつかりそうになって、穂香は小さく悲鳴を上げた。

「ああっ、赤坂さん! 南川さんと会ったのね、よかった!」

 しきりによかったを繰り返し、担任の小牧文子(こまきあやこ)がぎこちなく穂香を生徒指導室に案内した。至って真面目な優等生である穂香にとって、この部屋は無縁のものだと思っていた。どくどくと心臓が大きく騒ぎだし、安っぽい革張りのソファを握る手に力が籠もる。

「あの、あのね、落ち着いて聞いて。ああ、どこから話せばいいのかしら、えっと」

 まだ若い英語教師は、自分の手を開いたり閉じたりさせながら穂香を見つめた。ローテーブルを挟んで向かい合った二人の間に、奇妙な沈黙が落ちる。

「あのね、赤坂さんのお父さんが、事故に遭われたそうなの」

 がつんと、なにかとてつもなく堅いもので頭を殴打されたような衝撃が走った。

「えっ!? い、いつですか!?」
「で、でも大丈夫なのよ、命に別状はないの! 大きな怪我もしてらっしゃらないし、早退するほどでもないってご家族の方から連絡もあったのよ」

 落ち着けと言った小牧も取り乱していて、若干話が噛み合わなくなっている。
 しかしひとまず大事には至っていないと知り、ほっと肩の力が抜けた。
 どんな事故だったのかと訪ねると、小牧の顔が急激に青ざめ、ぶわっと両目に涙が浮かぶ。ぎょっとする穂香の前で、彼女は耐えきれなくなって顔を覆った。

「赤坂さんの、お父さんは、か、かすり傷だったらしいんだけど、それがね、事故っていうのは、ま、巻き込まれたらしいのよ」
「交通事故……ですか?」

 自ら起こしたものではない限り、事故とは大概の場合巻き込まれるものだ。
 ふるり。か細い首が横に振られる。ダークブラウンの髪が跳ねて、小牧は大きくしゃくりあげた。

「じ、……じさつ、なの」


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