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「彼女、カクタスでしばらく研究してたそうじゃないですか。ハインケルくんの妹さんですし、テールベルト人であることには間違いありませんからねぇ。それで誤魔化せると思っていたのなら、あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて笑えません。……それで? 長期的な目で見てビリジアンを裏切る――というか、配下に置くおつもりでしたっけ? 我が空軍を利用して」
「貴様らっ、まさか最初から王族と組んでいたのか!?」
「組むだなんてそんな。そもそも我々は、緑王陛下の臣下じゃないですかぁ」
「お、おい、寄るなっ。お前、なにをするつもりだっ!」
「といいますか、もしかしてまだ私達の計画に気づいてなかったりしますか? えっ、やだ、こわーい!」

 レコーダーを胸ポケットに仕舞い、他者から見れば不気味でしかない笑みを浮かべたまま、ムサシは男の手をそっと握った。ヤマトの軍服を掴んでいた方の手だ。女性とそう変わらぬ華奢な手に掴まれて、肉厚なそれは対比で逞しくさえ見える。
 白い髪が揺れる。不気味な色として認識されている白だが、彼の纏う色は透き通る光のようで美しい。髪も、睫毛も、肌も。同じ人間とは思えないほどの透明感が、そこにあった。

「欲張るからこうなるんですよ。どれか一つに絞っていればよかったものを」

 緑か、薬か、それとも自分達の地位か。
 そのすべてを同時に手に入れようとした結果、彼らの計画は破綻した。

「は、離せっ! 離せと言っている!! ――ぐあっ!」

 なにやら鈍い音と共に、男が呻いて床に転がった。掴まれていた手首を庇うように押さえ、四つん這いになってひいひいと呼吸を荒げている。
 さすがに骨は折っていないだろうが、それでも関節を痛めたのは間違いなさそうだ。いくらムサシが華奢に見えたところで、彼は戦闘職種も経験している人間だ。非戦闘職種の期間が長かったからといって、身体を鍛えていないわけではない。
 深緑の軍服に包まれた足が持ち上がり、躊躇いなく男の肩を踏む。親族がそのような目に遭っていてもなお、ヤマトの心にはさざ波一つ生じない。

「――跪きなさい。我らが掲げる緑の翼に触れたこと、後悔するがいい」

 赤い舌をちろりと覗かせ、ムサシが鼻先で一蹴する。
 白蛇があぎとを剥いた瞬間、ヤマトは声なき絶叫を聞いたような気がした。


* * *



「ソウヤ一尉!」
「なんだ、もういいのか?」
「はい! もう十分ですっ!」

 「そうか」と笑い、ソウヤは頭上から滑り降りてきた感染鳥を打ち落とした。派手なのに無駄のない動きだ。その背後で、スズヤが遠くから迫る敵を的確に沈めていく。
 もう、助けられるだけの無様な真似はしない。ナガトが処理しきれなかった感染者は、アカギが撃ち抜く。全部一人で片付けようなどという気は最初からなかった。出来る範囲をなんとかすればいい。互いに背を合わせ、入れ代わり立ち代わり銃声を鳴らし、怒号を放つ。
 絶え間なく響くアラート音。
 カガ隊とヒュウガ隊が入り乱れ、かつてないほどの感染者を相手にする。地面を這いずる白の根も、葉脈を浮かばせた野生動物も、ヒトも。――まるで現実味がなかった。
 弾倉を取り換える間のフォローをアカギに頼んでいる最中、無線がざっと鳴いた。急に割り込んできたこれは艦内からだ。それも全体無線らしい。

『あ、あー……、お前ら、聞こえてっかー?』
「カガ二佐?」

 間延びした声はカガのものだ。基本的に一方通行の無線は、相手が信号を途絶えさせるまでこちらの声は送れない。なにかあったのだろうか。艦に残してきた奏の顔が脳裏に浮かんだが、危険が迫っているのならこうものんびりとはしていないだろう。
 背後で聞こえたヒュウガの焦ったような声が、ナガトの胸に奇妙な引っかかりを残す。

『――おお、わり。全体無線だ、ちゃーんと聞けよー。特にナガトとアカギ、お前らは耳の穴かっぽじってよーく聞けー』
「へ?」「はァ?」

 名指しで指名されて、ナガトとアカギの手が一瞬止まった。瞬時に身体を動かすが、案の定その一瞬で目の前の感染者をソウヤの弾が沈めていく。
 血の雨が降りしきる中でかけられたカガの言葉は、想像を絶するものだった。

『いいかー、今から本物の“ヒーロー”が外に出る。生かすも殺すもお前ら次第だ。テールベルト空軍の誇りにかけて、ゼッテェ守り抜け!』
「……オイオイ、お前の女は随分と気ぃ強いな、ナガト」
「は!? ちょっと、カガ二佐!? どういうことですか!!」

 ソウヤが呆れたように肩を竦める。
 相手に届かないということもすっかり忘れて、ナガトは捲くし立てていた。冗談じゃない。あの馬鹿はなにを考えてる。どうせまた無理を言ったんだろう、そうに違いない。
 ――約束したのに。
 八つ当たりのように薬弾を撒き散らし、迫る白の蔦を手榴弾で焼き払う。
 無線機は雑音ばかりを届けて、肝心の声を送ってこない。「奏! いいからそこにいろって!」無駄と知りつつ叫んだナガトの耳に、弱々しい声が滑り込んできた。

『あ、あの、アカギ、さん、わ、私が、囮になります。だから、――きゃっ』
『――やから絶対、なにがあっても守り抜け! ええかっ、約束破ったら許さへんからな、ナガト!!』

 今度こそ、完全に動きが止まった。
 アカギも一緒だ。すかさず怒声に混じって別隊員のフォローが入る。

「あははっ! ご指名だよ、王子様方!」
「なんだ、あの姉ちゃんの方じゃなかったか」

 スズヤがけらけらと笑う。ソウヤは己の読みが外れ、少し悔しそうに眉を寄せている。
 そんな余裕をかましていられるのはこの二人だけだ。他の隊員は皆、見知らぬ民間人の存在と「囮」という言葉に戸惑っている。中でも、ナガトとアカギの困惑は他の隊員の比ではなかった。
 ちらりと覗き見れば、アカギの表情が見たことがないほど強張っている。わなわなと震えた薄い唇は、誰に聞かせるでもない呟きを乗せた。


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