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 どうしよう。なにを喋ればいいかさっぱり分からない。なのにカガは「早く」と急かしてきて、穂香は困惑のままひっくと喉を鳴らした。

「あ、あの、アカギ、さん、わ、私が、囮になります。だから、――きゃっ」
「――やから絶対、なにがあっても守り抜け! ええかっ、約束破ったら許さへんからな、ナガト!!」

 穂香から無理やり無線機を毟り取った奏が、鼓膜を震わせるほどの声量で怒鳴りつけた。そのまま憮然とした態度で無線機をカガに突き返した奏が、顎に梅干を作ったままどっかりと腰を据える。
 こんな風に拗ねているところを、初めて見た。先ほどまでの全身から火炎を噴き出さんばかりの勢いは、今やどこにも見えない。なにもない机の上を一点集中で睨みつけていて、――それが泣かないためだと気づいてしまったから、穂香はまたじわりと涙腺を緩ませた。

「……だいじょうぶだよね、きっと」
「そんなん当たり前やろ、アホ!」

 震えた怒鳴り声に、思わず笑みが零れた。


* * *



 青い空の色は、常に包み込むようにそこにあった。
 天地が逆転し、身体がシートに強く押し付けられても、ぐるぐると胃の腑が掻き回され、毛細血管が雑草の根のように引きちぎられる音を聞いても、それでもあそこは気高く自由な場所だった。
 厚いカーテンを開け、日の降りそそぐ窓の向こうを眺め見る。
 かつて雲を切り裂いて飛んでいたあの場所は、今はもう、こんなにも遠い。
 お前はここには不要なのだと弾き出された瞬間から、ヤマトは地上から青を見上げる道を歩んだ。あの場所に飛び立つ翼達を見守る立場になった。
 かつてはヤマトの上にいたムサシが薄く色のついた眼鏡の奥で眩しそうに目を細めているのに気がつき、カーテンを閉める。彼もまた、空から弾き出された者の一人だ。
 彼がなにか言いかけたそのとき、基地司令室の荘厳な扉が乱暴に打ち鳴らされた。客人は予想の範疇内だ。やれやれと肩を竦めたムサシが返事をするよりも早く、蹴破る勢いで扉が開け放たれる。
 礼儀も品も欠いた登場の仕方は、卑しい強盗のそれを思わせた。出迎えようとしたムサシを突き飛ばし、伯父でもある緑花院議員の男が、迷いなくヤマトの胸倉を掴む。上背はヤマトの方があるせいで、中途半端に腰を曲げるはめになった。

「おやおや、会議はもう終わったんですか? 結果はどうなりました?」
「ええい、黙れ! これはお前の失態だぞ、どうしてくれる? え? なにか言ったらどうだ、ヤマト! あんな気味の悪い王族なんぞに出し抜かれるなど、この一族の恥晒しが! ただでさえ空軍学校なんぞというくだらん出自のくせに、恥の上塗りか! いったい誰のおかげで総司令官の役職につけたと思っている!」

 泡を吐きながらがなる男は、ぎょろりと目を血走らせていた。まるで感染者だ。そんなことを口にすれば、彼はどんな反応を見せるのだろうか。
 ヤマトの軍服に皺が深く刻まれる。叩きつけられる拳も、暴言も、どこか他人事のようだった。なにも言わないヤマトに痺れを切らしたのか、彼は真っ赤な顔をして鼻息を荒くさせている。

「いいか! これは、これらはすべて、空軍の責任だ! 貴様らが企てたことだ! わしらは一切関与していない!」

 男の肩越しに、ムサシが失笑しているのが見えた。中性的な、どちらかといえば柔和な顔立ちが、微笑みのまま冷たく凍っていく。
 贅沢ばかりをして肉付きのいい手を、ヤマトはそっと掴んだ。女でもないのに柔らかい手はどこか気味が悪い。そのまま手首を強く握り締めてやれば、男の顔は容易く痛みに歪んだ。
 自分を見上げてくる瞳が、驚愕に見開かれる。
 黒い眼の中に、うっすらと微笑む自分の姿が映り込んでいた。

「お忘れですか」
「な、なにを……」
「テールベルト総軍の最高司令官は緑王陛下です。陸空軍共に、陛下の最終決定には抗えない」

 いくら埃を被った形だけの決まり事だろうと、この国では昔からそう定められている。
 軍を動かすのは総司令官で、さらにその上が緑花軍政省の役人であることには間違いがない。だが、それらを統べるのが緑王だ。最終決定権は緑王が持っている。
 男は渾身の力を込めてヤマトの手を振り払い、怒りと恐れの混ざり合った眼差しを向けてきた。払った手は再びヤマトのよれた軍服を掴む。あくまでも自分が優位であるということを示すかのように。

「ヤマトっ、貴様、裏切るつもりか? そんなことをすれば、ビリジアンをも敵に回すことになるんだぞ!」
『――それでは、テールベルトとカクタスの未来の友情を誓って。英雄の国を打ち倒しましょうぞ』
「それもそうですよねぇ。こーんなこと言われてたら、いくら温厚なビリジアンでも怒っちゃいますよね〜」
「なっ!? 貴様ァ! どこでそれをっ」

 ペン型のレコーダーをくるりと回して見せたムサシは、緑花院議員とカクタス政府高官とのやり取りを延々と流しながら、嫣然と微笑んで見せた。
 ぞっとするほどの冷たい笑みは、獲物を絞め殺す蛇のそれによく似ている。締め上げ、窒息させ、それから丸呑みにしていく。――まさに、蛇そのものだ。

「いやぁ、ハインケルくんを送れって言われたときから怪しいなーって思ってたんですよねぇ。そこで畳み掛けるようにドルニエ博士の名前が出てきたでしょう? これはもう確実だなーって!」

 レコーダーからは、絶え間なくカクタスとの癒着、そしてビリジアンを裏切る証拠となる音声が流れ続ける。


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