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「……ソウヤ一尉って、たまーに子どもみたいですよね。途方もない夢を追いかけたり、とんでもない無茶したり」
「いつまでも少年の心を忘れない大人だ。見習え」

 スズヤは苦笑したまま首を振った。まったく、生意気な後輩だ。
 信号を頼りに爆弾を探す班はもうすでに艦を出ている。どうせ一つではないから、すべての親となる起爆装置を解除しなければ意味がないだろう。複数発せられている信号のうち、親の特定を急がなければならない。
 そしてそのとんでもない爆弾は、ハインケルの頭脳でなければ解除できないだろう。自分達がどうこうできる代物でないことは明白だ。
 狂気と紙一重の平常を歩む天才博士の頭脳にすべてが懸っている。
 そのハインケルの捜索及び救出が、ソウヤ達に課せられた使命だ。

「行くぞ、スズヤ」
「はいはーい。でもおれ、しがない消防班長ですよー? 戦力になるかどうか」
「くだらねぇ保険かけんならすっこんでろ。俺一人で十分だ」
「うそうそ! 行きますって! ――てことでじゃあね、ナガト! 帰ったら一杯奢ってよ!」

 小銃を背負って駆けていくスズヤを追う形で、ソウヤも艦外を目指した。

「待ってください! 俺も行きます!」

 「あかんって! あんた怪我してるやん!」まるで縋るように叫んだナガトの腕を、奏が必死に引いている。見れば確かにナガトの手の甲はずるりと皮が剥けていたが、あのくらい見た目が派手なだけで大したことはない。それよりもより多くの傷を負っているのは彼女の方だ。それなのに、怒ってまでナガトの心配か。
 どうやら、先ほど言い合っていたのもこの件についてらしい。
 
「お前はここにいろ。高度感染者と濃厚接触したんだ、そこのお嬢さん共々検査する必要がある」
「でも艦長!」
「聞き分けろ。これは命令だ。――なにぼさっとしてんだ、ソウヤ。とっとと行って博士見つけてこい」
「了解。……にしてもヒュウガ一佐、イセ艦長より人使い荒いですね」
「せっかくイセの虎の子借りてんだ、使わねぇでどうする」

 それはどんな言葉よりソウヤを鼓舞し、同時に小さな痛みを植え付けた。
 ヒュウガに責めているつもりはない。だからこそ、刺さった。
 特殊飛行部に配属されて以来ずっと追い続けた背中を、ソウヤは裏切った。あの人の最後の忠告を聞かなかった。無事にテールベルトへ戻ったとして、その先になにが待ち受けているのかはとっくに分かっている。
 そのとき、彼がなにを思うのかも。

「それじゃ、虎の子行ってきます」

 翼は飛ぶためにある。
 緑を守るために、白を狩るために、ずっとこの翼で飛んできた。
 ――それを奪うというのなら、みすみす白に明け渡すというのなら、もうこんな翼などいらない。


* * *



「どうして俺は待機なんですか!? こんな傷、怪我の内にも入りませんっ!」
「言ったろ、検査だ。ほれ、飲め。そこのあんたも」

 ヒュウガから手渡された錠剤は、ナガトと初めて会った夜に飲まされたものと同じだった。簡易検査薬なのだろう。あのときのように抵抗することはなく、奏は自らの意思で一錠飲み下した。
 検査結果が出る間もナガトはヒュウガに突っかかっていたが、そのたびに軽くあしらわれて相手にもされていない。
 子どものように駄々を捏ねていたナガトも、しばらくすると無駄だと悟ったのかむっつりと押し黙るようになった。ヒュウガは涼しい顔で端末を操作していて、これが彼らの仕事風景なのだろうかと眺め見る。
 奏にとって、軍人という存在はファンタジーのそれに等しかった。確かに現代社会に存在しうるのに、どこか遠い人種だ。目の前に存在している今でさえ、あまり実感が湧かない。

「なあ、ナガト。ほの達、ここに来るん?」

 助け船のつもりで言ったが、聞きたい内容は本心だ。むくれていたナガトもすぐに表情を変え、穏やかに微笑んでくれた。分かりやすいことこの上ないが、その分かりやすさがむず痒い。

「救出したらここに来ると思う。ですよね、艦長」
「ああ。向こうの艦で一旦拾ってもらうが、そのあと合流してお掃除だ」
「え、向こうのって、王族印を二隻も出したんですか?」

 ナガトの様子と先ほどのソウヤの話から、この空渡艦は相当なレア物だと見える。それを二隻もとなると、確かに大事に違いない。
 ヒュウガはほんの数秒沈黙し、やがて重たいものを吐き出すような口ぶりで言った。

「いんや、別の艦だ。こんな立派な艦は一隻が限界だ、馬鹿たれ。向こうはソウヤとは違って正式に派遣された奴らだからな。いつも通り、かってぇ椅子の空渡艦に乗ってら。こんなもんは今だけだぞ、お前もしっかり座っとけ」
「座っとけって……。ていうか、正式にって、それ……」

 そこからは専門的な話になってしまったので、奏には理解できない。ただ、ナガトが引っかかっていたように、なにも知らない奏にさえ引っかかるものがあった。
 正式に派遣された応援とは、どういうことなのだろう。
 彼らと関わっていることを除けばただの女子大生でしかない奏に、その真意を想像することなど叶わなかったのだけれど。


* * *



 目が覚めた瞬間、内側から響く鈍い頭痛を感じて呻いた。こめかみを揉み解そうと持ち上げた右手には、じゃらりと金属音を響かせて左手が一緒になってついてくる。手錠で繋がれているのだ。起き上がろうとして胸やけのような感覚に襲われ、再びベッドに沈み込む。
 横たわったまま、ぐるりと部屋を見回してみた。殺風景な部屋だ。今寝ているベッド以外には備え付けの棚が一つあるだけで、他にはなにもない。棚には当然なにも置かれておらず、細長い長方形型の小窓が取り付けられた扉は見るからに頑丈そうだった。おそらく、ハインケルが体当たりしたくらいではびくともしないだろう。

「……ミーティアさん」

 呼んでみたが返事はない。扉の向こうでなにかが動く気配はしたが、どうせ見張りの誰かだろう。
 あのおぞましい計画とやらの時間が来るまで、ここに閉じ込めておく寸法か。ドルニエは「すべてを焼く」と言っていた。そんなことが可能なのは、ジグダ燃料爆弾だろう。あれは欠片プレートにおいても、条約で使用が禁止されている大量殺戮兵器だ。あんなものを使用すれば、この国には蟻の子一匹残らない。


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