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 緑王を名実ともに頂から引き摺り降ろし、この国の実権を緑花院が握る。緑の復活という多大な功績を残したテールベルト空軍の地位は向上し、軍閥化した政権の中で大きな力を持つことができる。ビリジアンと手を組むことによって、吸える蜜の甘さも格段に糖度を増す。
 テールベルトで緑を独占できないのは痛手だろうが、先を見据えれば大したことはない。三柱の一つ、カクタスがまず食いつく。それから小さな近隣諸国が動き始め、テールベルトとビリジアンにもたらされる利潤は計り知れないものとなるだろう。
 ビリジアンは王制だ。玉座から転げ落ちた王族へ、「心優しい配慮」をしてくれることだろう。英雄の国がもたらすその温情は、両国の国民に好感情を植え付ける。

「はてさて、どうなることやら」

 小さく笑って、うとうととまどろむ意識を、それが望むままに眠りの淵に漂わせる。
 完全に寝入ることができなかったのは、椅子に掛けた上着のポケットの中で端末がけたたましく鳴き始めたせいだ。
 寝入り端を邪魔され、子どものようにむくれてコールを受けたムサシの目が、一瞬で色を変えた。耳に突き刺さるように飛び込んできた報告内容に、睡魔が完全に闇の向こうへ逃げ帰っていく。
 着替えないでいてよかった。上着を羽織りながら、動揺を隠せないでいる通話相手に笑いかけた。

「落ち着きなさい、もう手は打ってあります。必要とあらばイセ隊を出しましょう。それまでは誰も動くことのないように。無論、このことは他言してはいけませんよ」

 上擦った了承に苦笑が漏れた。そこまで焦ることもないだろうに。

「たかだか一隻飛び出しただけでしょう。その艦が、他より少し毛色が違っていただけですよ」

 その毛色がテールベルトを代表とする色をしているとなれば、動揺するのも無理はないのかもしれないが。
 通話を切るなり、ムサシは各所に連絡を回して己も部屋をあとにした。どうやら今夜は寝ている暇もないらしい。ご高齢のお偉方には大層不満を投げられるだろうが、それも致し方ない。朝まで待とうものなら、判断の遅さをあげつらわれるのがオチだ。
 もうとうに就寝時間を過ぎている基地内の廊下は暗く、うっすらとした光が足元を照らすのみだ。そこに一歩足を踏み出せば、静寂を足音が打ち破る。
 しばらく過ぎたところで、それはムサシだけのものではなくなった。

「ムサシ司令」
「おや、こんばんは、イセ艦長。お休みではなかったんですか?」
「随分と騒がしいものですから」

 ムサシを呼び止めたイセは、こんな時間だというのに軍服を着崩しもしていなかった。その表情は硬い。猛禽類のような双眸が、まっすぐにムサシを見下ろしてくる。
 イセは騒がしいと言ったが、基地内は夜の静寂を守っている。騒然としているのは夜勤の空渡観察官達と、一部の人間だけだろう。

「今日はスクランブルもないみたいですけどねぇ」

 窓から見える滑走路もいつも通りだ。誘導灯が星空の下で人工的な光を放っている。整備員達が行き来するのもいつも通りの光景で、騒がしく感じるような要素はない。
 分かっていて言った。案の定、イセは眉間に深い皺を刻んで窓の外に視線をやる。

「なんのご用件でしょう。用もなく引き止める貴方でもないでしょうに」
「ソウヤ一尉の件について、話があります」
「――なるほど。まったくもう、どこからか情報を流すいけない子がいるみたいですね。それとも、情報を拾ってくるのが上手な子でしょうか」
「ムサシ司令、あれは、」
「イセ艦長。お話は明日で構いませんか? もうこんな時間ですし、早く寝ないと疲れが取れませんよっ。私はすこーし用事があるので、一度失礼します。異論はありませんね?」

 それは問いではなく、断定だった。
 退きなさい。笑顔のまま言い放ち、長躯の脇を擦り抜ける。何度か口を開く気配は感じたが、背中に声がかけられることはなかった。
 ――そう、それでいい。
 一人静かに暗がりの中を進む。まるでなにかの暗示のようだと、ムサシは一人ごちた。


* * *



「この島国を丸ごと吹き飛ばせる爆弾様だ。早いとこ解除しねぇと、俺達全員英雄か極悪人へ転職だな」

 ヒュウガの精一杯の皮肉は、絶望的な状況に余裕を生む潤滑油の役割を為した。
 とはいえ、冗談一つで状況が改善するわけではない。島国一つ吹き飛ばせる最新爆弾は、仕掛け人達のプレート脱出時間等を諸々見積もって二、三時間の時限式だろう。
 十分だと胸を張るには心もとないが、少なすぎると嘆いて諦められる時間でもない。精一杯見苦しく足掻いてみせるだけの時間なら、用意されている。
 ナガトはまだ状況を完全に把握し切れてはいないらしい。とはいえ、彼も咄嗟の判断力が求められるパイロットだ。頭では理解しているのだろうが、それでも感情が追いつかないと見える。ナガトの切り替えは早い方だと見込んでいるし、事実その通りだとも思う。
 現に、彼はヒュウガにこれからの行動指針を問うている。自らの動き方を見定めようとする目に迷いや困惑はない。
 ソウヤは淡々と装備を整えながら、インカムの具合を確かめた。相変わらず耳に異物を押し込む感覚は不快だが、外して辺りをうろつくわけにもいかない。
 ヒュウガ隊すべての人間を連れてくることはできなかった。少数精鋭と言えば聞こえがいいが、国一つを救うには少し頼りなくも思える人数だ。それでも、不思議と諦念することはなかった。

「スズヤ、チビ博士のコード登録しとけよ。どうせ切られてるとは思うがな」
「分かってますよー。てゆーか、ほんとにあの博士が爆弾解除できるんですかねー。せっかく助けに行っても、できない〜なんて泣きながら言われたら、おれ撃っちゃうかも」
「お前より遥かに頭の出来はいいんだ、無駄な心配すんな。……つうか」

 後ろを見れば、ナガトと隣の女がなにかを小さく言い争っている。白の植物の脅威などろくに知らない民間人は震えて大人しくしているのがせいぜいだと思い込んでいたが、どうやらそうではないらしい。

「あれが俺達にとって最後の希望の種だ。信じて水をやらねぇでどうするよ」

 種を蒔いて、水をやって、雑草を抜いて。
 そうしなければ、綺麗な花は咲かない。
 どうせ咲きはしないと種を蒔かずにいては、どうにもならない。


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