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「とりあえず、お前らが一番知りたいだろうことから教えてやる。アカギのことなら心配すんな。あいつらのとこには、今頃応援が向かってる」
「そうですか」ともすれば感情の宿らないような声が出た。そうすることしかできなかったのだと、上官達は分かってくれたらしい。
「そもそもお前らを助けられたのはアカギのおかげだ、感謝しとけよ。あいつからのコールで場所が分かったんだからな」
「え? でも、端末は全部繋がらなくなってましたよね?」
ヒュウガやハルナ、果てはテールベルトの人間すべてにコールすることができなくなっていた。完全に通信手段を絶たれていたのに、どうやったというのだろう。さすがにただの不具合だとは思っていないが、試していない間に繋がるようになっていたのだろうか。いや、それはない。自問してすぐに否定する。
これだけの騒動だ。自分達の回線は意図的に遮断されていた。だとすれば、連絡する方法は。
「特別臨時登録端末からのコールだ。艦の登録装置がやられる前に登録してたんじゃねぇのか?」
「え、あっ、ほのちゃんの携帯!?」
「ほのの? じゃ、じゃあ、うちらの携帯からそっちに電話かけれたってこと!?」
完全に盲点だった。
奏達と接近するようになって、まず最初にしたのが臨時端末の登録だ。他プレート間の端末同士でそのまま連絡が取れるはずもなく、メールや通話といった通信ができるように艦で設定した。今となってはその装置も使えなくなっているため、すっかり存在を忘れていたに等しい。
そもそも、特別臨時登録端末の使用自体が稀なのだ。通常任務で他プレートに赴いた際、そのプレートの人間と関わることはほとんどない。本来この臨時端末の登録は、なんらかの事情でこちらの通信機が不具合を起こした場合を想定し、テールベルトの人間同士で通信手段を確保するためのものと考えられている。
すなわち、同じプレートにいる相手との通信が前提となっているものだった。日頃自分達の端末、そして艦の通信装置を当たり前のように使用しているナガトにとって、特別臨時登録端末でプレート間通信をしようという考えは端から持ち合わせていなかった。
よく考えればすぐにでも気づけそうな、しかし目が向くまではひっそりと隠れ続けていたそのことに、アカギは気づいたのだろうか。それとも、他プレートの事情など知らない、「まっさらな」穂香のアイデアか。
「ヒュウガ一佐にかけても妨害されると思ったのか、俺にかかってきてな。近くにいるっつったら、どっかの馬鹿が飛び出してったから助けてくれと泣きつかれた。このクソさみぃ中を00(ゼロゼロ)かっ飛ばすのはこたえたぞ」
「それは……、その、ありがとうございました」
「ま、なんにせよ間に合ってよかった。そこの姉ちゃんもよく頑張ったな」
声をかけられた奏の緊張が、握った手のこわばりで伝わってきた。
「あっ、い、いえっ! あの、ほんまに、ありがとうございました! おかげで、あたしっ、」
「いい、いい。それが仕事だ、気にすんな。それに俺が行かなくても、あのタイミングなら隣の王子サマが間に合ってただろうしな」
「……ソウヤ一尉、その言い方なんとかなりません?」
「嫌いじゃねぇだろ?」
自信たっぷりに笑うソウヤに脱力する余裕が生まれたのは、アカギ達のもとに助けが向かっていると聞いたからだろう。
見れば奏も、ほっとした様子で目元を和ませている。彼女にとってはなによりも大切な妹の安否がかかっているのだから、その反応も当然だった。
「あの、でもどうして、――言葉は悪いですけど、どうして今更こっちに来れたんですか? 空渡できないなにかがあったんでしょう?」
「ああ、んなもん無理やり来た」
「はい!?」
信じられない台詞に目を剥けば、間髪を入れずにヒュウガとスズヤに「うるさい」と叱りつけられた。見た目も性格も全然似ていないくせに、こういうところだけは息が合うのだから不思議だ。
しれっととんでもないことを言ってのけたソウヤに、奏も怪訝な表情を浮かべている。
「無理やりって、なんで……」
「順番に説明するっつったろうが。まあとにかくだ。お前らが馬鹿やったあと、ヒュウガ隊が動けなかったのには理由があった。隊全体じゃ世間様に知られると大問題になるっつーから秘匿しとく流れになってたが、どうにもおかしい」
ヒュウガ隊が追ってこない理由については、ナガト達も聞いている。なにしろ自分達のしたことが原因なので、強く口を挟めるわけもなく言われるがままに納得していた。
あとはそんなことを考える余裕もないほど、このプレートでの生活に集中しなければならなかった。奏達との交流、感染者の駆除。――けれど、考える時間はいくらでもあったはずなのに。
「おれ達はいつの間にか身柄拘束されてたしねー。っと、拘束って言っちゃいけないんだったかな。アレなんて言うんでしたっけ、艦長」
「ムサシ司令の言葉を借りるなら、『悪戯する子には連帯責任でお仕置きです!』だな。別のえらいさんの言葉を借りるなら、集中力向上うんたらかんたらっつートレーニングの一環だ」
白を宿した基地司令の無垢な笑顔が――実際は無垢どころかその真逆に位置しているものだが――脳裏に易々と浮かび、ナガトは思わず呻いた。後者の理由も訳が分からない。だが、自分達のしたことで彼らを不自由させたことだけは確かだ。羞恥に俯きたくなるのをぐっと堪え、ナガトは青い瞳を見据えた。
ヒュウガとスズヤの会話が終わるのを待ち、ソウヤが続ける。
「事情を知ったのはイセ隊が帰還してからだったが、そんときにちっとお姫さんに声かけられてな。聞いてみりゃ物騒な話がポンポン出てくるし、調べてみりゃ案の定妙なことになってる。イセ艦長直々に動くなって言われる事態だ、ただ事じゃねぇのは分かんだろ」
「なにが起きてるって言うんです……?」
「“緑のゆりかご”だとよ」
はっとして目を瞠ったナガトの袖を、奏が軽く引いてきた。「それってなに?」無声音で問うてきたのは、話を遮らないようにという配慮だろう。