6 [ 95/184 ]

* * *



「うわぁあああああ! マジ、もうマジ羨ましす! なんすかなんすか、いいなぁ俺もマミヤ様に踏まれたい……!」
「“も”ってなんだ、“も”って。人聞きの悪ぃコト言うんじゃねぇよ」

 脂っぽい頭を触るのが嫌で手近にあったバインダーで殴りつければ、暗闇の中で端末を操作していたイブキが前のめりにモニターへ突っ込んだ。大きな物音にぎろりと鋭く睨み下ろせば、彼は途端に怯えたように身を縮こまらせる。それでもぼってりとだらしない身体が引き締まるわけがなく、これが軍属の人間かとソウヤは呆れきった眼差しを向けた。
 青白い光に照らされて、闇の中にイブキの団子鼻が浮かび上がる。

「でもあの、ソウヤ一尉、マミヤ様と仲良いんですか。ま、まさか、付き合ってたり……!?」
「しねぇよ。あんな面倒くさそうな女はごめんだ」
「え、だって、こないだあんなにくっついて話してたじゃないですか。それにあれだけ美人なんですし、別に少しくらい我儘でもいいじゃないっすか」
「その少しの我儘がとんでもねぇけどな」
「まあ、それは……」

 こんな状況で交わす会話ではなかったが、それでイブキの気が紛れるのならばいくらでも付き合おう。デスクに直接腰かけ、外の様子に気を配りながらソウヤはカチャカチャとキーボードを叩く音を聞いていた。
 どうやらイブキはマミヤのファンらしく、先日二人きりで話をしていた様子を見ていたようでこのざまだ。踏まれたいだの罵られたいだの、知りたくもない性癖を曝露されて正直うんざりしている。
 そんな俎上のマミヤは、ここ数日姿を見ていない。昼間にさりげなく空渡観察室を覗きに行ったものの、否応なく目立つあの後姿はどこにも見られなかった。彼女と同室のチトセを捕まえて話を聞いてみたところ、二日ほど前に急に体調を崩し、ヴェルデ基地が懇意にしている病院に入院しているとの情報が得られた。
 この状況で緊急入院か。あまりのタイミングの良さに勘繰りたくなるのは、別にソウヤだけではないだろう。

「あー……マミヤ様とちゅーしたい」
「よし、伝えといてやる」
「うぉおおおおっ、やめてください殺す気ですか!」
「お前の大っ好きな“マミヤ様”に、心底軽蔑した目で見下ろされるチャンスだぞ。むしろ泣いて感謝しろ」
「う……、そ、それは魅力的、魅力的ですけれども! しかしながら一尉、なんで軽蔑されること前提なんですかっ」
「鏡を見てよーく考えろ。部下思いの優しい俺の口からはとても言えねぇな」

 途端に泣きそうな顔をしてイブキが手を止めたが、一睨みすればすぐさま作業を再開させた。「ちょっと自分がイケメンだからって」そんなぼやきが聞こえた気がしたが、骨格の造りは遺伝なのでどうしようもない。カクタスの血が半分入っているソウヤの目鼻立ちは、純テールベルト人のものよりも確かにはっきりとしていた。
 しかし顔の造りなどどうでもいい。くだらない話をしていなければ落ち着かないのか、イブキはなおも無駄口を叩いた。

「マミヤ様って、なんで空軍(うち)に入ったんでしょうねぇ」
「さてなぁ。案外気まぐれだったりしてな」
「いやいや、でも、気まぐれで王族の人が軍隊に入るなんてしないでしょう。それも女性が」
「じゃあお前は、どんな理由なら満足するんだ?」

 外を通りかかった人影に最大限の注意を払いながら、データリンクの具合を見る。作業の進行具合を示すゲージはやっと半分を過ぎたところだった。

「どんなって……、別にどんな理由でも構いませんけど」
「だったらそれでいいだろ」
「でも、気になりません? 知りたくなるのが人間の性ってやつですよ、うん」
「ならお前は? どうしてうちに入ったんだ」

 イブキの胸ポケットにぶら下がった美少女のストラップが微笑んでいる。彼は少し考えるように首を傾げてから、小さく笑った。

「それなりに給料がいいからですかねぇ。それに空軍ってカッコイイし。戦闘員じゃないなら、すぐに死ぬ危険もないし」

 反射的に笑ってしまい、その瞬間にイブキの肩が震えた。隣に立つ男がその戦闘員であると、今さらながら気づいたのだろう。だが別段気に障ったわけでもないので聞き流す。死の危険と隣り合わせの仕事に就いていることは、他の誰でもない自分が一番よく理解している。
 マミヤが空軍に入隊した理由など聞いたこともないし、聞こうとも思わない。チトセの志望動機くらいならば聞いてみたい気もするが、あの「お姫さん」の理由に触れるような真似は謹んで遠慮申し上げたい気分だった。

「あの……、ソウヤ一尉は?」
「ん? 俺か? 白いバケモノ共を、跡形もなく焼き尽くしたかったからだな」
「え……」
「っつーのは少し大げさだけどな。ジジイが空軍出身だったから、その流れで入ったってのが一番の理由だ」

 注意はしっかり外に向けたまま、ソウヤは足を組み替えて笑った。複雑そうな顔をしたイブキが、少し指の動きを鈍らせる。――どんな理由なら満足するんだ? その問いかけの意味に気づいたのかもしれなかった。
 蒼白いモニターの画面に照らされていたイブキが、しばらく口を噤んでいた。端末の起動音だけが耳に残る。数分後、ピーッという電子音のあとに、接続していたカードリーダーから名刺サイズのカードが吐き出された。それを取り上げて手帳に挟み、労うようにイブキの肩を軽く叩く。

「よくやった、お疲れさん」
「……でも、本当にどうなるんスかね、このあと。これがバレたら……」
「ま、履歴書でも書いとけ。お前の若さなら次があんだろ」
「やっぱりクビになる流れ!?」
「うるさい黙れでかい声出すんじゃねぇしばくぞ」

 バインダーの角を振り下ろせば、途端にイブキがキーボードに顔をめり込ませた。どうせ自分の端末ではないから構わないが、もうこのキーボードには触れたくない。涙目で見上げてくるイブキを置いて空渡観察室をあとにしたソウヤは、個人用携帯端末を取り出して何食わぬ顔でコールした。
 数コール後、僅かなノイズを乗せて回線が繋がる。


「おー、久しぶりだな。元気にしてっか? ――あ? なんだって? 後ろのオッサン黙らせろ、聞こえねぇ。うるせぇな、でかい声出すんじゃねぇよ、“ハルちゃん”」


【17話*end】


[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -