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 もう割り切るつもりでいたのに、ずっとあの子のことばかり考えている。男らしくないと詰られるのは、こういったことが原因なんだろう。情けない。リュカに似合いそうな帽子を眺めていると、ふいに突き刺さるような視線を感じた。
 殺気にも似たそれに首を巡らせると、あまり出会いたくなかった男の子がこちらを睨み付けているのを見つけた。

「……タカナシくん」

 俺が気がついたことに、向こうも気づいたのだろう。眉間のしわがより深くなる。ざわついていたはずの店内から、音がすっかり消えたような錯覚に陥った。なぜそうしようと思ったのか自分でも分からないのだけれど、俺は気がつけば彼に近づいていた。人の流れを縫うように、制服を着た彼の前に立つ。苦々しい表情は毒にまみれていて、爽やか好青年の看板を背負っていそうな彼にもそんな表情ができるのだと思うと、どこかほっとした気持ちになる。
 そう思うのは、羨ましさと、大人げない妬みがあるせいだろうか。生まれた世界が、生きる世界が、彼女と一緒だった彼に対する、醜い嫉みだろうか。同じ制服を着て、同じ空間で同じ授業を受けて、同じ話題で盛り上がって。そして、あの子の笑顔を一番近くで見ることができる。
 またしても女々しい考えの自分に吐き気がした。タカナシくんはなにも言わない。ほらみろ、彼の方がよほど男らしい。
 年下の彼に告げる言葉が思いつかない。なにか言わなくてはと思った俺の口は、勝手に言葉を吐き出していた。

「……ごめんね、あのときは。でも、もう邪魔しないから」

 吹き抜けになったショッピングモールの通路の端で、柱に持たれながら階下を見下ろす。突き刺さる視線の鋭さがより一層冷たくなった。

「もう二度と、マリカちゃんには関わらないから安心して。……しあわせにしてあげてね。それじゃ」

 タカナシくんの顔を見ずに、言うだけ言って踵を返した。「しあわせにしてあげてね」なんて、薄っぺらい言葉をよくも言えたもんだ。あまりに心のこもっていない発言に恥ずかしくなって、そのまま人混みに紛れようと早足で歩いたのに、俺の腕は強い力で乱暴に引っ張られた。
 肩が抜けそうなほど乱雑なそれに目を白黒させていると、低く唸るような声が耳朶を這う。

「……んだよそれ、嫌味かよ。あんた俺をどこまで馬鹿にしたら気ぃ済むんだ。ふざけんな!」

「え……」

「幸せにしろだ!? あんたが壊したんだろうが! 散々奪っておいてまだ足りないってのか!? あんた俺に恨みでもあるのかよ!」

 怒りに満ちた声は、人の注目を否が応でも集める。男二人の乱闘を懸念してか、奥から警備員がちらと顔を覗かせていた。落ち着いてと肩を叩いても、タカナシくんは顔を真っ赤にさせてそれを払いのけてくる。
 分かってる。彼がこんな態度を取るのは当然だ。当然だけれど、でも、言っていることの意味がよく分からない。
 突き刺さる好奇の視線の中、彼は俺の胸ぐらを掴み上げて叫んだ。

「フラれた男に『お幸せに』なんて言って楽しいのかよ。あんたどこまでも最低だな!」

「え、ちょっ、フラれたって、どういう……」

「はあっ!? すっとぼけんな!」

「とぼけてない! ちょっと待って、タカナシくん。マリカちゃんは君と付き合ってるんじゃないの?」

 喉が圧迫されて息苦しさが増したが、それでも聞かないわけにはいかなかった。フラれたってどういうことだ。あの子はタカナシくんを選んだから、俺に別れを告げたんじゃないのか。



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