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 たとえば、そこに君がいたとして。
 たとえば、君がこちらを見てくれたとして。
 たとえば、もしも君が、好きだと言ってくれたのなら。


 それはきっと、なによりも甘い夢に違いない。



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 いつの間にか荷物が増えていた。この世界へやってきたときは必要最低限の着替えしか持ってきていなかったから、とても不思議な気分だ。鞄にはたくさんのものが詰まっている。誕生日にもらったフォトアルバムには、リィやジャスミンちゃんと一緒に撮った写真が収まっていた。
 お土産にもらったキーホルダー。商店街の福引で当たったタオル。ゲームセンターで取ったぬいぐるみ。手帳、ペン、それからリィに持たされた携帯電話。これは向こうでも繋がるのだろうか。無理だろうな。すぐに自答する。
 けれどこの小さな箱の中には、たくさんの思い出が詰まっている。通信機器なのに写真も撮れてしまう優れものは、甘い思いと苦い思いを同時に仕舞い込んでいた。
 
『ごめんなさい』

 濡れた声がよみがえる。結局俺は、あの子を泣かせてばかりいる。笑ってほしかった。遠慮がちなあの笑顔が大好きだった。
 最初はいつもの我儘だったのかもしれない。単純に欲しいと思って、ヴァイオリンや、宝石や、猫や犬や、珍しい物と同じように考えていたのかもしれない。けれど今は違う。好きなんだ。あの子のすべてが欲しいんだ。
 声も、目も、手も、口も、臆病なところも、優しいところも、笑顔も、涙も、全部好きなんだ。
 だから、終わりにしなければいけない。
 荷物を纏めた鞄が、安いホテルのベッドに鎮座している。ここには焼きたてのトーストの香りもしないし、姉妹で異なるシャンプーの甘い香りもしない。下ネタばかりのお笑い番組で大笑いする声も、それを面倒くさそうに窘める声もない。
 悠さん。俺をそう呼んでくれるあの子は、ここにはいない。

「――あ、リュカになにかお土産買って帰らないと」

 きっと呆れた顔をして、「お前はなにしに行ったんだ」と言われるに違いない。笑って異世界観光と答えるためにも、なにか買っていった方がいいだろう。
 あの子の番号は着信拒否にした。どうせかかってくることはないのだろうけれど、でも、万が一のことがあったときに揺らがないために。財布と、もう鳴らないだろう携帯をポケットに突っ込んで、ホテルの部屋を出た。
 それが誰もいない部屋から逃げ出すような行為だったと気がついたのは、賑やかな駅前に差し掛かったときのことだった。
 


 駅直結のショッピングモールは、休日ということもあって若いカップルの姿が多く見られた。中には部活帰りなのか、ジャスミンちゃんと同じ制服に身を包んだ女の子達のグループもいて、その姿にどきりとする。
 彼女は帰宅部だから、きっと出会うことはない。それにあの子は人混みが苦手だ。ここにも一人で来ることはあまりないと言っていたし、それに――……そこまで考えて、自嘲的な笑みが零れた。


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