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 満月の夜は、それはそれは美しいお狐様が舞い降りる。
 ――いいかい、けれど魅入られてはいけないよ。ついていってはいけないよ。
 彼らは神、彼らはあやかし。
 どんなに美しくとも、けっして心を預けてはいけないよ。



 川べりで白い素足を晒していた淡雪は、童達が水汲みをしながらはしゃぎ合う声に耳をそばだてていた。「おいら見たよ、まっしろなおきつねさまを!」「わしも見た、四郎の家よりでけぇ狐だった!」「食われやしないか、祟られやしないか?」「魔除けの南天を胸に差してりゃ大丈夫だろうさ!」水汲みよりも水遊びに移行し始めた童達は、思い思いに発言する。
 家よりも大きなお狐様。実際よりも大げさに語られているのは、なにも子供だからというわけでもないだろう。大人であろうが子供であろうが、少々話を大きくすることはよくある話だ。なにもそれは、人の子に限った話ではない。

「ユキシロさま、見られておりますよ」

 ひょんなことから知り合った気高き天狐族の双子狐の片割れを思い出し、淡雪は袖で隠した口元を笑みに染めた。
 天狐族と知り合うなど、夢にも思っていなかった。彼らはあやかしの中でも特殊な立場にいる。神であって神でなく、あやかしであってあやかしでない。どちらにも属し、どちらにも属さない。なれどその力は強大で、下等なあやかし風情では一瞬で塵芥に変えられてしまうだろう。

 あやかしの中でも手を出すことは許されない、孤高の存在だった。妖狐のたぐいはしょっちゅう顔を合わせるが、天狐ともなればそうもいかない。数が少なく、なにより彼らは気まぐれで誇り高い。滅多と慣れ合うことをせず、必要なときにのみ長の前に集結すると聞く。
 淡雪も、幼い頃からそう聞かされていた。「化かし合いでは狐になんか負けやしないさ。でもねぃ、天狐様にだきゃ手を出しちゃいけねぇ。天狐様は恐ろしいからねぇ」上手く茶釜に化けた淡雪を褒めたあと、母はそんなことを言った。
 狐と狸の化かし合戦は、仲間の話を聞くにほぼ毎日のようにどこかで行われている。奴らは人間に悪戯ばかりするくせに、そのくせ神の使いだなんだと持て囃されたりもするのだから不思議なものだ。

 ――とにかく。 
 普通の狐とは段違い、それどころかそこらを跋扈するあやかしとは段違いの天狐様と出会うことなど、万に一つもないと思っていた矢先のことだった。
 今でもはっきりと覚えている。あれはしんしんと雪の降り積もる、満月の晩だった。淡雪は人の子の姿を模したまま、まっさらな雪の上に足跡をつけていた。
 ひとつ、ふたつ、みっつ。たまに雪を花に変えてみたり、高く跳び上がってみたり。幼子に戻ってみた気持ちで、好き勝手にはしゃいでいた。
 そのときだ。コン、と涼やかな声が聞こえた。次いで、その場に立っていられないような風が吹き、足元の雪が舞い上がった。両の腕を顔の前で交差させて庇ったが、肌に突き刺さるものは絶えることがない。それが雪でも風なく、神気だったと気がついたのは腕を下ろしたときだった。
 淡雪は言葉を失った。視線の先に降り立った二つの影に、意識を奪われた。



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