▼17
暫く馬に揺られていると、美朱があっと声を上げた。
(どうしたの?)
「文字が……山って出てるの」
美朱が太一君から貰ったらしい、七星士に近づくと反応する物を見せてくる。そこには、確かに美朱の言う通り山と映っていた。
(……山ね、そこにあるけど、あれかな?)
目の前に聳そびえる大きな山を指す。すると井宿と柳宿が苦虫を噛み潰したような妙な顔をした。華がそれに気づいて井宿にそれとなく尋ねるが、彼は何も言わない。
やがて、山の中へと入りあたりは鬱蒼とした空気に包まれた。そのまま、暫く無言で馬に乗っていると、小さな小屋を一軒見つけた。
「あ、ラッキー!」
美朱が馬から飛び降りる。トイレにでもいきたかったのか、と同じように馬から降りて美朱の側に行けば、彼女はお腹を押さえて笑った。
「えへへ……お腹すいちゃって」
(……美朱らしい……)
彼女らしい答えに呆れたようにつぶやく。そして急に側から井宿の気配が消え失せたことに気がついた華は、慌てて振り向いた。しかしそこには井宿がいる。
(あれ……)
「しっ」
井宿が唇に指を当てた。喋っていないのだからそんな行為は無駄だか、あえて何も言わずに見つめれば、遠くの茂みからゴソゴソと何かが蠢く音が聞こえる。
(……?)
何事かと近寄ろうとしたが、ぎゅっと腕を掴まれ阻止される。ぞわりと嫌な予感が、脳裏によぎった瞬間。
「きゃあ!!!」
後ろの美朱と柳宿が入った行った小屋から悲鳴が聞こえてきた。
(美朱!)
井宿に掴まれた腕を振り払い駆け出した。しかし。
(っ?)
がつんっと身に覚えのある鈍い痛みが脳に走り、そのまま意識を手放した。




ズキズキと、後頭部が痛んだ。呻きたくても呻く声が出ない。華は何も見えない真っ暗な中、手探りで起き上がり前に歩き始めた。
(美朱……柳宿、井宿さん……っ、どこ!?)
心の中で呼ぶが、誰の返事もない。それでも、諦めず三人の名前を呼び続けた。
(どうして……誰もいないの……)
さっきまで横にいた井宿さえ、ここにいない。華だけ、ひとりぼっち。その事実に気づいた瞬間。酷く怖くなって華はその場にうずくまった。
(怖い……怖い……助けて、怖い!)
じわじわと恐怖が押し寄せる。喉が圧迫されるような気持ちの悪さに、華は浅く呼吸を繰り返した。
「巫女……」
ふと、誰かが呟いた気がした。
(誰!?)
ガバッと音がしそうなほど素早く顔をあげる。しかし目の前は真っ暗。どこまで見ても暗闇で、何も見えなかった。
「巫女……我らが巫女よ……」
どんどんと気がするだけだった声は、鮮明になり、不思議なことに華に近づいてきていた。先ほどまであった恐怖など忘れて、その声に耳をすます。
「巫女……そろそろ、己の力を、つかい……こなす、時だ……」
途切れ途切れに聞こえる声は、酷く偉そうだ。華は首をかしげた。
(力……? 私の力ってなに……?)
「ねがえ……使いたいと、ねがうのだ……そうすれば、他人の傷を……癒すことが出来るだろう……」
ぽおっと遠くが光った。華がそちらに目をうつすと、そこには血を流し倒れている井宿や柳宿の姿が映っている。美朱は無傷で倒れているようだった。華がそちらへ駆け寄ろうとするも、その光はそれを拒むように消えてしまう。再び立ち往生した華は、かすかに聞こえる声にもう一度耳を傾けた。
「ため、せ……そなたを……もどす。彼らの傷を……いやすの、だ」
その瞬間、ぐいっと引っ張られる感覚がして、華はパッと目を開いた。先ほどとは打って変わって質素な部屋の床に転がされている様が見える。目の前には井宿。少し視線を逸らした先には、美朱と柳宿がいた。
ほっとして起き上がり、縛られて倒れている井宿達の方へ近づく。
(ためせ……試せばいいのね?)
さらっと井宿の身体をみると、彼は左肩を切っているようでそこから血が滲みでていた。
(この傷を……治したい)
願えばいい。その言葉に突き動かされるように、華は井宿の傷を見ながら祈った。瞬間。ぽおっとちいさく井宿の肩が優しく淡い黄色に光の中に包まれた。そしてみるみるうちに傷を塞いでしまう。
(な、なおった……)
光が消え失せ、衣服だけが破れたそこを見つめる。さっきまで確かにあった傷は綺麗さっぱり消えていた。
(できちゃった……)
願っただけで発動したその力に、華は嬉しさを隠せずに立ち上がる。そして柳宿の側に行くと同様に傷を見つけ出し、また祈った。
傷はさっきと同様、みるみるうちにふさがってしまう。華は、己の胸に手を当てて、その力に感謝すると、冷たい石がむき出しの床に座り込んだ。
周りは壁。唯一の出入り口は扉のみ。
(あくかな……いや、開かないだろうなぁ……)
縛られている井宿達の状態をみて、扉の鍵はしまっているだろうと推測する。しかし、華は立ち上がって扉の方に行くと、駄目元でトンッと優しく扉を叩いた。
(あら……)
ギィィッと音を立てて扉は開いた。
(適当な警備ね……山……だし、山賊かなぁ……)
廊下に顔を出し、誰もいないことを確認すると、華は身体を外に滑り込ませた。顔を扉に密着させ震度を確かめながらゆっくりと閉め、井宿達の安全を確保する。さて、探索してやろう。そう思い振り返った瞬間。
「なにしとるんや」
ドンっと扉に身体を縫い付けられた。はずみで閉めた扉が開き、中に押し戻されてしまう。声の主は、そのまま華の腕を掴んだまま付いてくるように部屋に入ると、ため息をついた。
「……っ?」
そのため息に気がついたのか、井宿達がゆっくりと身体を起こす。それを腕を掴まれ、向かい合わせに声の主である男と見つめあったまま確認すると、華はきっとその男を睨みあげた。
(離して)
おや?と男が不思議そうな顔をした。
「お前、どうやってしゃべっとんのや? 腹話術か?」
頬に大きな傷跡があるその男は、華を不思議そうな目で見つめると、んー、と考え込むように目を閉じた。
背後で、もぞもぞと動いているらしい三人がなにも言わないのが気になって、首だけ向ける。どうやら、頭を殴られきちんと覚醒しきっていないようだ。
「決めた。男みたいな女やけど、頭にはええ薬になるやろ」
「……なにを言っているのだ?」
覚醒しきったらしい井宿が、その男の言葉にある含みを汲み取って低い声で脅すように訪ねた。しかし、男はあっけらかんとしたまま、扉を開け放つと仲間を数名呼ぶ。
その顔は酷く満足げだ。
「頭に女一人連れて来いって言われてんのや。この子、しゃべれんのんなら、丁度ええ。借りてくで」
「まって!」
引きずられそうになったところで、美朱の鋭い声が響く。男はその声に立ち止まった。
「華ちゃんはだめ。連れて行くなら私にしなさいよ!」
「あー……悪いけどな」
ぽりぽりと男は頭を掻く。困ったようなその表情を見る限りこの人選を変える気はないようだ。
「うるさい女は、頭が好かんのんや」
ほら、やっぱり。華は心の中でそう思うと、美朱の方を振り向きにっこりと笑ってみせた。
(大丈夫、美朱。身体に字のある人の事聞きたいんでしょ? 私が聞いてきてあげるから、ね?)
「ちが……っ」
「ほら、さっさと行くで」
美朱が何か言いかけたのを遮って男は歩き出した。おのずと引っ張られるように華も歩き出す。どこにいても悪役というのは変わらないものだ。
そう思いながらついていき、一つの扉の前にたどり着く。周りとは違い一際大きなそれは、おそらくこの男の頭の部屋なのだろう。
男は口を開けると息を吸い込んだ。



back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -