18:30A




オープン15分程前、店の扉が開き、突然、すでに待機していたキャストからざわめきが起こった。



人気店のRed Aceでは、比較的混まない早い時間を狙って客が訪れることも多い。


でも、色めきたったキャストの様子に、普段との違いを感じて不安になった樹が、とりあえず様子を見に出ることにした。




「あーれー樹ちゃん、まだ準備出来てないの?」

「はっはっは、でも女の子出てるよ」


待機しているキャストに愛想よく笑顔で軽く手を振りながら、2人の男性が入ってくる。


ある意味、超、いやな客。
一瞬、虚をつかれて苦々しい表情を隠せなかった。
(すぐ隠したつもりだったけど、この二人のことだから気付いてそうだ、くそ)





大きく襟の開いた白いシャツに、黒にグレーのストライプが入ったスーツを、スタイルのいい褐色の肌が着こなす。長い脚が特に人目を引いた。
同じ衣装のもう一人は、やや柔らかい印象のマスクに、黒ぶちの眼鏡が特徴的だ。





「…稲城のトップホストがこんなところで何してるんです、カルロス先輩…御幸…さん」

「いやあさ、俺ら出勤遅いから。逆にこの店来るなら、早い時間のが店にとってもいいだろ?」

「そーそ、どうせなら鳴ちゃん独占出来る時間帯に来たいからな」





…たとえいくら貰ったって、あんたには一分足りとも鳴さんを独占なんかさせたくない。

さっさと帰れ、と樹は思った。



やっぱり一瞬、樹の視線が絶対零度になったのを感じて、カルロスはひやりとしつつ、目を逸らしたが、視線のターゲットである御幸は全く気にしなかった。



「…一応伺いますけど、御指名は」


「もちろん鳴ちゃん」「白河…あ、ユキちゃんだっけ?」






「雅さん、カルロス先輩と御幸一也です、御指名は鳴さんと…ユキ、さんで」




普段居ない白河の源氏名がすらっと出てこない。…俺も下手したらテキーラ一気に参加する羽目になるかも…。



「アイツら、仕事もしねーで何やってんだ…」


キッチン付近で待機していた原田は、渋面をつくって軽く唸った。




何にせよ、キャストがざわついていた理由がよくわかった。
歌舞伎町に原田が持つもうひとつの店「club稲城」のホスト、カルロスと御幸が二人揃って現れたからだ。

実は、ホスト好きなキャバ嬢というのは多い。
普段男性相手に気を遣う仕事をしているから、逆にイケメン(?)に奉仕してもらえて、同業だからこそのグチも言える。

時間的に自分たちの店が終わってからでも遊びに行けるし、お酒が好きな子も多いから、仕事のストレスを発散しに行くのだろう。




系列でもある「稲城」にはRed Aceのキャストのファンも多く、その中でも断トツの人気を誇るのがカルロスと御幸だった。



美形ではあるけれど、どちらかといえばいかつく見える容貌とは裏腹に、細かい気遣いが出来るカルロス。酒もバカみたいに強かったから、盛り上がりたい女の子にもウケがよかった。



御幸のほうは、逆に女の子にズバズバ言いたいこと言って、一見無神経なように見えるのに、なんだかんだ本音を引き出すのが上手い。…ルックスは言わずもがな。深入りする女の子も少なくないとか。




「ボウヤと白河、まじどんな感じで接客してんのか興味ありすぎ」

「鳴ちゃんなら何やっても可愛い」

「…その意見に異論はねぇんだけど、お前のそのムダに真剣な顔に同調すんのは、なんか腹立つな」

「はっはっは、ありがとう」




…ああ、早く帰って欲しい。何でカルロス先輩もあんなの連れて来るんだよ。…後で適当にしめてもらおう。雅さん…は出来なそうだから、吉沢先輩とか平井先輩あたりに。



完全に八つ当たり全開の思考だけど、カルロス先輩なら許してくれますよね、優しいですからね。





「いつきー、俺らテーブル行くんじゃないの?」

「……鳴さん、今日はちょっと感じを変えて髪いじってみません?しらか…ユキさんも」

「別に、テーブルじゃなきゃ本名呼んでもペナルティー取らないから、安心しろよ…ていうか、俺も鳴も、いじれる程髪ないんだけど」

「まあまあ、ヘルプの女の子も着いてますから、ゆっくり準備してください、ね?」

「…なに、そのやけに作り物っぽい笑顔……来てるの誰?」

「いつき…なんか今日やさしすぎて怖い…いっつも早く出てくださいって牧羊犬みたいに追い立てるのに!」


牧羊犬なんて単語、知ってたんですね鳴さん。






ロッカールームに居た二人は、二人が来たことを知らない。
個人的に御幸一也が嫌いなのはもちろんだけど、この鳴さんを中心とする一個上の先輩たちが集まると、何が起きるかわかったもんではない。



原田と同じ危機感を抱く樹は、時間を稼ごうと必死だった。




それにしても、怖いってあんた、俺だってちょっとは傷つきますよ。


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