はやくはやくとやたらはしゃいだ相棒に連れられて向かった先には、懐かしいと言ったら壊れてしまいそうな光があった。






陽光のもとで走り回ればぶわと土埃が舞って、顔をざらりと撫でる空気がやわらかい。ようやく春らしくなってきたじゃねえかと吉沢はひとりごちた。


肌寒いかと思って着ておいた上下のジャージは今はお荷物で、結局上はクラスメートとともに校庭の端っこに脱ぎ捨てるハメになった。



ま、いいだろう。



ちょっと前まで春なんて名ばかりの空模様で、いつ雪が降り出しても全然おかしくなかった。とくに、彼がその高校生活の大部分を捧げるグラウンドは授業を受ける校舎よりもさらに山の方(一応所在は東京都だが)に在るから、季節が一足遅れて来てるんじゃないかと思う程だ。



最近やっとそちらにも柔らかい光が顔を出してくれるようになってきた。




これがまたすぐ地獄の暑さに変わっちまうんだよな、と吉沢はぼんやり思う。今は羽毛布団のようにやわらかい陽射しはあっという間に照り付ける灼熱へと変わることを、彼は知っている。




ならこの短い心地好さを今存分に堪能してやろうと思っても、練習の過酷さは四季を通して大して変わらないから、結局は授業中に堪能することになるのだ。


次の授業が歴史だったことを思い出して、体育の後の歴史なんて、これは惰眠を貪らなければお天道様に申し訳ないと勝手に納得した。まさに、春眠アカツチを覚えず、だ(ん?あかつき、だったっけ?)



と、珍しく国語の教科書からびったりの言葉を拝借できたと思ったのに、お前これ以上注意されたらいい加減監督からも呼び出しくらうぞと相棒から小突かれた。



「いてえな!なんだよ!」

「顔に『4限課目居眠り』ってデカデカと書いてあるよ、バカ」



毒を吐いてなおからからと笑う翼はどこで表情の変化を読み取ったのだろう。くそ、どいつもこいつも可愛い顔したやつは、どうしてこう辛辣なのだ。



しかし、それだけは言ったら本当にマズイ実感があるので、今は言わないでおこう。もっとも、言わなかったところで自分の凶悪面が全部雄弁に物語ってしまっていると思うけど。



「あいっかわらず顔こわいなあ〜、そんなんじゃトリオが逃げちゃうから俺の近くに寄んないでね」

「うるせえな!生まれつきなんだよ!」


野球部きっての名コンビの漫才を、今日も周りは楽しそうに眺めている。

「トリオってなに、翼」

「ん、今年うちの野球部に入ったすごい可愛い1年3人組だよ!何かの間違いじゃないかって思うほど美形でさ」


「性格はその真逆だけどな」

「そうかな、イイ性格してると思うよ」

「…翼、分かっててやってると思うけど、ソレ褒め言葉じゃないぜ…」



いいんだよなんでも、可愛いから!と熱弁をふるう平井をよそに吉沢はそのトリオを思い浮かべた。



入部早々タメ口で声高ににエース宣言をした白いチビ助。実際小さいのは体だけで、態度もプライドも………そして実力も、人の二倍三倍は軽くあるだろう。


それと、表情の乏しい、怜悧な刃物を思わせる完璧主義者が、ひとり。成宮がキュートなら、こちらはさしずめクールビューティってとこだ。成宮みたいに、いたずらに周りを煽りたてるような真似はしなかったが、こちらも周りとの軋轢を最小限に抑えようという気持ちはないらしかった。



それから……


それから。

トリオの最後の一人だけは、吉沢がよく知っている人物だ。



今はきっちり撫で付けられた髪と、色のよく変わる蒼い瞳を思い浮かべる。もともとはターコイズと言うんだろうか、綺麗な海みたいな色をしてるけど光が当たると緑に見えることもあるのだ。

目を伏せると陰ができて、深い碧に見えることは、最近知った。



はたと目を上げると校舎の最上階に、黒と白のコントラストが見えた。ぎくりとして慌てて顔を背けたけど、別段気づかれた様子はない(気づいたなら少なくとも鳴のやつが声を張り上げるに違いない)


ほっと息をついた瞬間、なんで俺がこんな風に気まずい思いをする必要があるんだと思い至ってカッと頬があつくなるのを感じた。


なんでもないだろ。目が合ったら、片手上げて、ようって言ってやればいいだけだ。


俺がそうしてやれないから、あいつはいっつも困ったように笑って、結局申し訳なさそうに目を伏せるんじゃねえか。



ちがう、そんな顔、させたいわけじゃない。

俺が見たいのは、どこか哀しみを湛えた深い碧みより、光が反射した明るい青なんだよ。

俺がよく知っている、あの、あお。



それを思うたび、吉沢の心はなんだかよくわからない感情でギリギリと締め付けられる。悲しみなのか怒りなのか、あるいはそのどちらでもないのかもしれない。



ちくしょう、訳わかんねえ。



潔さと単純さでは部内で右に出るものはいない(と思っている)自分らしくもない。



こんなのはつまり、結局まだ忘れられない、あきらめられないってことじゃねえか。




季節はようやく春めいてきたけど、あいつの瞳は、あの日あの切るように冷たい風が吹く空の下で再会した時のままで。



今もって頑なに吉沢を映そうとしない蒼い瞳を思い出して、結局は自分だってあの寒空の下から一歩だって進めちゃいねえ、と吉沢は苦々しく思う。



あの寒い日。


そう、彼らが数多の誘いの中から稲実を選び、稲実の選手として初めてグラウンドに立った日から。


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