稲実―――稲城実業硬式野球部といえば、西東京地区の甲子園常連校で、またプロ野球界にも多くの有名OBを持つ、いわゆる伝統校だ。



名門といわれる学校の常で、毎年4月に入ってくる多数の入部希望者の他に、各方面からスカウトで稲実の門をくぐるセレクション組が居る。

大体が特別推薦枠として入ってくるから、一般の生徒たちより練習に参加し始めるのも、入寮するのも早い。



あの3人…トリオも、当然のようにそのセレクション組の一部だった。




100人近く居る野球部の中、新しい戦力が増える反面、たった9人のレギュラーを争う相手が増えるのこの季節は、部内に独特の緊張感を生む。しかも今年は例年にも増して一気に大型新人が入ってくるという噂が流れていたから、1月の後半、彼らが練習に参加し始める時には、普段の年より部内には警戒心の強い、重苦しい空気が流れていた。


粒が揃う学年というのはあるのだろう。まだ1年だった吉沢にもそれは感じられたし、新しく入ってくる1年坊なんかに負けるかよとは思いつつ、わざわざライバル候補たちの顔を拝みに行く気にはならないでいた。


ところが、その頃から吉沢とコンビだった平井はそんなことを全く気にする様子はなく、ちゃっかりグラウンドに足を運び、そして美形がいる!と嬉々として吉沢を連行しようとした。



「早く来なって!野球部には勿体ない美形なんだから!」

「なんでそんなのわざわざ見に行かなきゃなんねーんだよ!」


そもそも嬉々として報告しにくる内容が、顔ってなんだ。野球に関係ないだろうが。



それでもいつも通り拒否権は全く無く寒空の下に引っ張り出されてみると、他にも同じような野次馬がちらほら見えた。
まさか、平井みたいな理由で見学していることはないだろうが。ないと願いたい。




セレクション組は一軍用の少人数用グラウンドに集められていたから、とりあえず迷惑にならないようフェンスの外側からのぞいて見ることにする。


平井の言うことにも納得はできた。


まあ確かに美形だ。ていうか全然野球少年らしくない。

派手な見た目もそうだったが、吉沢からするとその小柄と華奢さに驚いた。



後々の伸びしろを考えると、体は大きく、丈夫な方が絶対いい。どんなに技術があったって、ケガしたらおしまいだ。


だから吉沢自身もそうだったように、毎年セレクション組というのは中学生としたら堂々たる体躯の持ち主が集まるものだ。


まあそれだって、鍛え上げられた先輩たちのガタイには、遠く及ばないのだが。


今年のセレクション組もほとんどが例に漏れずに立派な体格をしていたけど、翼が見つけてきた美形ちゃんたちは、むしろ普通の中学生よりも小さいんじゃないかと思う。


なんであんなでスカウトされた?とりあえず引っかけといた感じか?


いや、逆だ。あの体格でセレクション組に入るのだから相当の実力がないとムリってことだろう。



なにより、そういうヤツを、俺はよく知ってるじゃないか。


入ってきた時はまるで女の子みたいで、2年の間に少しは成長したけれど、半分外国人の血が入ってるとは思えないくらい、やっぱり小さかった。


それでも運動神経は抜群で、名門シニアのうちで1年のうちからレギュラーに定着してた。



あいつは、どうしてるんだろう。


目の前のセレクション組と一緒で今年高校生になるはずだけど、やっぱりどこかの高校のセレクションを受けたんだろうか。


元気で居てくれさえすれば、それでいい。


もしかしたらそのうち、他の学校からその名前が響いてくるかもしれない。


そうしたら、試合会場くらいでは会うことが出来るだろうか。




「あ、戻ってきた」


大した時間じゃなかったが、自分の世界に入り込んでしまっていたらしい。


隣に居た平井がいきなり口を開いたので、はっと我に帰る。


「何が」

「ん?トリオのもう一人。やっと全部揃ったよ、トイレにでも行ってたのかな」


促されるまま視線を移動させる。平井の言葉の後半は、ほとんど聞こえなくなった。




「カル、ロス……?」



思わず、名前をつぶやいた。


先程まで自分の思考を占領していた人間が、そこに居る。


他の2人よりは少し大きいけど、それでも、予想してたより大きくなっていない。するりと合流して、何か話しているようだった。



もう会うことを諦めていた矢先に、突然現れた懐かしい顔。


いや、ちがう。


ほんとうは、懐かしいなんて言葉じゃ、足りない。


ずっと、焦がれていた顔だ。


体付きは大して変わっていないが、どこかまとう空気が変わっていることに気づく。

そういえば、髪型がオールバックになっている。

ああ勿体ない、あいつやわらかい髪してるのに。

でも、それだけじゃない。

何かがちがう。



じっと見つめる視線に気付いたのか、3人がちらりと顔を上げる。

2人はキョトンとした視線を向けただけだったが、カルロスだけが、そのまま動かなかった。

吉沢も動けずにいた。
横で平井が何か喋っていたけど、聞こえなかった。


どうする?

顔をしかめるかな。それとも知らない振りをするだろうか。


予想に反して、カルロスは笑った。

困ったように眉を寄せて、苦笑の形をつくった後で、小さく頭をぺこりと下げた。


笑った一瞬、吉沢の好きな蒼い瞳が揺れて、深い青に変わる。

泣いているように、みえた。









title by 確かに恋だった





‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

長くなった吉沢視点。

それにしても全然時間が経ちませんね。

でもなんかこれからも回想とかになって結局進まない気配がぷんぷんする!

吉沢書くのどえらい難しいです。

翼くんとは仲良し設定。

カルロスは、他のトリオに比べて2年前今より大層可愛いので、高校で一気に成長したんじゃにいかと。

その前は更に可愛かったんじゃないかと。


そういう妄想です。

あ、セレクション組の入ってくる日程とかは捏造です念のため。


2010.1028


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