暗殺者は踊らない


ゴージャスなシャンデリアが煌めく下で、黒づくめの人々がシャンパングラスを傾けながら談笑する。
普段は黴臭いアジトに籠り汚れ仕事ばかり押し付けられる暗殺者チームだが、今夜は珍しくこの夜会に出席していた。
パッショーネ主催のパーティーの目的は勢力拡大、つまり人脈を広げる為であり、更に平たく言えば政界や財界に顔の利く人物と親密になる為だ。
暗殺者チームまで呼ばれると言うことは手段は問わず、手っ取り早く権力者と肉体関係を結べという命令も示唆されている。
拒否権などないメンバーは着なれないスーツで着飾り会場にいた。メンバーそれぞれ黙っていれば美人ばかりの男たちに、退屈そうにしていた令嬢たちは一気に色めきだつ。
プロシュートやホルマジオは手練れた様子で令嬢たちに囲まれながら談笑し、イルーゾォはエキゾチックな美女と何事か囁き合い、ギアッチョは楚楚とした美少女の手にキスを落とし、メローネは既に酔っぱらっている夫人の手に頬擦りし、ソルベとジェラートはレズビアンのカップルと意気投合、ペッシは未亡人らしいシニョーラに声をかけられている。
それぞれの様子に笑いを堪えつつナマエは壁の花になりながら、もう一人のメンバーを探した。
頭ひとつぶん大きい銀髪を見つけるのは容易い。
チームのリーダーであるリゾットもまた女性と一緒だった。
見るんじゃなかった、とナマエの胸に後悔の念が渦巻く。
このパーティーに出席することが決まった時から解っていたことなのに、例え仕事でも片想いの相手が楽しそうに女性と話すのを見るのは辛い。
目立つ為に着てきた和服の帯の締め付けと今まで散々開いてきた身体も恋をしている最中となれば割りきることが出来ない不甲斐なさもそれに相まって息苦しかった。
少し外の空気でも吸ってこよう、とナマエは近くを通りかかったボーイからシャンパンのお代わりを貰いホールを出る。
ホールを出てすぐのテラスは解放されていて、心地好い夜風が入ってくる。
テラスの手摺にグラスと腕を載せ、ふぅと夜風を吸い込めばいくらか気も凪いできた。衿元を僅かに寛がせてうちに籠った熱気を逃がす。シャンパンの繊細な泡が連なって上っていくのをナマエはぼんやりと眺めながら、やはりリゾットのことを考えてしまう。
リゾットは先ほど話していた女性とベッドを共にするのだろうか、少し、いや死ぬほど嫌だな、と考えていると逃がしている筈の熱気がまた胸に浮かんできた。

「Buona sera.君みたいな素敵な女性がひとりでこんなところにいてどうしたんだい?」

突然声をかけられてナマエが振り向けば、すらりと背の高い男性が立っている。事前に渡された書類のデータから目の前の男性の素性を思い出しながら、ナマエは微笑んだ。

「Buona sera.着なれない服を着たので、少し夜風にあたっていたところですわ」

「それジャッポーネのキモノって言うんだろう?ドレスに比べてとても苦しそうだね。気分はまだ悪い?」

「優しいんですね、夜風のお陰で大分良くなりました。Grazie,シニョーレ」

男性が隣に立ってシャンパングラスを掲げたので、ナマエも倣って置いていたグラスを手に取り掲げる。互いに一口ずつ飲んで微笑みを交わした。

「ジャッポーネの女性は君みたいに全員美しいのかい?それとも君だけ特別に綺麗なのかな?」

「誉めてくださって光栄です、シニョーレ・ロレンツィオ」

「僕のことを知っているの?」

「勿論。知らない人はこのパーティーにはいませんわ」

「君だけ僕の名前を知っているのは不公平だな。僕にも君の名前を教えてくれないかい」

「ナマエです」

「ナマエ……。名前まで美しい。ねぇ、ナマエ。僕にそのキモノがどうなっているのか教えてくれないか?」

男性はナマエの腰にそっと手を回して抱き寄せる。ナマエが男性の下心を察すると、一瞬脳裏にリゾットのことが過った。
リゾットも今頃は先程の女性と割り当てられた個室に入っただろう。リゾットのことも自分のこともこれは仕事なのだ、と割り切る。
リゾットには誉められもしなかった着物が、仕事の為だけに繋がる男性の餌になるなんて皮肉だった。
ナマエは半ば自棄になって、至近距離まで近付いた男性の顔に合意のサインとして手を添える。

「ナマエ」

不意に響いた声にハッとした。決して大声ではなく低く呟くように呼ぶ声はいつもと変わらないのに、ナマエは身を固くして視線を動かす。
見ると、ホールのドアの前にリゾットが立っていた。
赤と黒の目から表情は読み取れず、ナマエは居心地の悪さだけが募りひとまず男性から離れる。男性も急に現れたリゾットに不快感を露にしてナマエの前に出た。

「彼女に何か用かな?」

「帰るぞ、ナマエ」

声を無視してリゾットはナマエの手を引き、男性を見下ろす。体格差を見せつけられて男性がぐっと口唇を噛んで押し黙る。

「……ひとつだけ忠告しておく。今後、こいつに近付くことは許さない」

死にたくはないだろう?と耳元で囁けば、男性は逃げるようにバルコニーを去っていった。

「脅したりなんかして怒られるんじゃあないの?」

「構わん。惚れてる女をみすみすあんな男に抱かせるくらいなら汚れ仕事など気にならんからな」

「……え?」

予想外の言葉にナマエがリゾットを見上げれば銀髪から覗く耳が赤く染まっていて、それがナマエにも伝染する。

「……」

「……」

互いに真っ赤な顔でそっぽを向いたまま沈黙していると、ホールからワルツが聞こえてきた。

「……ダンスの時間か……」

「……踊るの?」

「ナマエとなら」

リゾットがナマエに手を差し伸べる。ナマエがその手を取ると、ぐっと引き寄せられた。

「愛してる」

そう囁かれて先程の男性と同じように近付いても表情ひとつ変えなかったナマエの顔に、引き始めていた赤がまた広がる。

「そんな顔をされては期待する」

「……その期待、裏切らないわ。私も同じ気持ちだもの」

ワルツの旋律が遠退き、ナマエが言い終わる前にリゾットに呼吸を奪われる。

「このまま連れ去りたい」

「……ダンスはいいの?」

「もう甘いワルツを踊った気持ちになってしまった」

「連れ去ってほしいけれど、もっと甘くなるかも」

「甘いほどいいんだ」

くすりと微笑んだリゾットはナマエをパーティー会場から連れ出した。




「なぁ、ソルベ。リーダーとナマエ、何処でしけこんでんのかな?」

「上に取ってある部屋ではないだろうな、ジェラート。アジトか?」

「いくらリゾットが野暮でもアジトはねぇだろ。……ねぇよな?」

「オイラに聞かないでくださいよォーッ!でも二人が上手くいって良かったですよね」

「俺、実はさぁナマエのキモノ姿見たリーダーが小声でヤバいって言ってるの聞いちゃったんだよね。本当にアジトでヤってるなら検体欲しいな」

「死ぬ気かメローネ!?つーかよ!だからって仕事中に抜け出すかァ?俺たちは慣れねぇことしてるっつーのによォ!」

「これ以上不当な扱いは許可しないッ!」

「まぁ二人が幸せだっつーんならしょうがねぇって思おうぜ」

二人が居なくなった後のパーティーで、メンバーが恋の成就を祝してひそかに乾杯していたことをリゾットとナマエは知らない。





モドル


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