犬も食わない


世界各国恋人がする喧嘩というものは大抵くだらないことで始まるものだ。それはナマエとアバッキオも例に洩れない。
大声で言い合う喧嘩と言うよりも互いに対峙したまま睨み合っている。

「何か言いたいことがあるならはっきり言え」

「アバッキオこそ」

「さっさと謝りやがれ」

「そっちこそ」

「……可愛げねぇ女だな。そんなんだからしくじるんだろうがよ」

「ハァ?……なにそれ。最低」

ナマエはアバッキオの言葉に呆れて吐き捨てるように笑った。うんざりと言うように首を横に振ってナマエが部屋を出ていくと、独り残ったアバッキオは悔しそうに口唇を噛む。プラム色のルージュがじわりと滲んでいた。


ナマエがブチャラティに頼まれていた仕事を片付けていつものレストランに向かっていると、前方向に見慣れた黒髪を見つけて駆け寄る。

「ナランチャ!」

「おー!ナマエもこれからリベッチオにか?」

「うん。一緒に行こ」

ナマエとナランチャは共にレストランへ行くと、アバッキオとジョルノの二人が既にテーブルについていた。離れて座る二人の間に二つ並んで空席であり、ナマエがさっとジョルノの隣に座ると自然とナランチャはナマエとアバッキオの間の席に座ることになる。
アバッキオの眉がピクリと動いたが、先にナランチャが驚いてナマエに話しかけた。

「ナマエ〜!アバッキオの隣、座れば良いだろ〜!?」

「何よ、ナランチャ。私がここに座っちゃあ駄目なの?」

「別に駄目って訳じゃあねぇけどさぁ〜!つーかアバッキオの顔怖ェーからやめろよな」

ナマエは頬杖をつき上目遣いでナランチャを見ながらその頬をつつくと、一瞬デレッとしたナランチャの顔がギクリとひきつる。視界の隅に眉を潜めて睨むアバッキオが見えたからだ。
レストランに入ってから一度も言葉を交わしていない二人の様子に気付いたジョルノが察したように、開いたメニューをナマエの方に差し出す。

「ナマエ、季節限定のパフェが出てますよ」

「えっほんと?」

「ええ。ほら、ここに」

ジョルノの言葉にナマエがぱっとナランチャから離れた。開いた一枚のメニューを二人で覗き込めば、ナマエとジョルノの距離は近くなる。

「あーでも苺とチョコって迷うなー」

「なら僕と半分こしませんか?」

「いいの?」

「勿論。あ、でも上に乗ってるプリンは僕のですからね」

「ふふふ、いいよ。あげる」

ジョルノに微笑みかけているだろうナマエの顔がアバッキオの位置からは見えない。思わず舌打ちをして顔を背けると、それに気付いたジョルノがアバッキオにメニューを渡す。

「アバッキオは何かいりますか?」

「いらねぇ。これからブチャラティたちが来るって言うのにドルチェなんか頼んでんじゃあねぇぞガキ」

「……ちょっと。ジョルノに八つ当たりするの止めて。どっちがガキなのよ」

「あぁ?テメェこそ当て付けでイチャついてんじゃあねぇぞ」

「お、お、俺を挟んで喧嘩すんなよぉ〜〜!」

バチバチと火花のような音が聞こえてきそうな程のナマエとアバッキオの視線の間に挟まれたナランチャがいたたまれずにわーわーと手を振った。そこへ残りのメンバーが入ってくる。

「何を騒いでいる」

「ブチャラティ!聞いてくれよ〜!アバッキオとナマエが喧嘩してんだよ〜!」

「喧嘩?」

煩いぞ、と叱るブチャラティにナランチャが駆け寄って理由を話した。ブチャラティは二人に目を向けると、ナマエとアバッキオはふんっと顔を背ける。

「どっちが悪いのか知らんが、アバッキオから謝るんだな」

「何で俺からなんだよ」

「女を悲しませたことは事実なのだから男が謝るのは当然だろう」

「ブ、ブ、ブチャラティ〜!」

モテる男は言うことが違う。ナマエが思わずブチャラティの腕にすり寄ると、ブチャラティはにこりと笑ってナマエの髪を撫でた。

「……いくらアンタだろうが、プライベートなことにまで口出しされたくねぇな」

「ちょっと、」

「それもそうだな。野暮だった。仕事に支障が出ないようにしてくれ」

「ブチャラティ!」

ブチャラティはするりと腕を抜いて席につく。ナマエがはぁと溜め息をつくとふとアバッキオと目が合ったが、ふいっと目を反らされる。ナマエは結局パフェを二つ注文し、ミスタたちに呆れられた。


「……まだ喧嘩中なのかよォ」

「そーみたいだな……早いところ仲直りしてほしーぜー」

「二人ともプライド高いですからね……言い出せないんでしょう」

「ウルセーぞ、お前ら!!」

「聞こえてるわよ」

数日後のレストランにて、ミスタ、ナランチャ、フーゴの三人がナマエとアバッキオについてこそこそ話しているのを当の本人たちである二人が鬱陶しそうに言う。
いまだに二人はフーゴの指摘通りにプライドが邪魔して仲直り出来ないでいた。お互いに仲直りしたい雰囲気に気付いていて目が合えばそわそわするも、きっかけが掴めずにずるずると喧嘩を長引かせている。

「ナマエ、これ約束していた本です」

レストランのドアのベルがカランと鳴る。
ジョルノがやって来て、ナマエに本を渡した。ナマエは本を受け取ると、嬉しそうにページを捲る。喧嘩してからナマエがやたらとジョルノと話すのがアバッキオは気に入らない。当て付けで仲良くするナマエにもそうだが、それを知っていて今のようにわざわざメンバーの前でナマエに話しかけるジョルノのことが癪に障った。

「Grazie,ジョルノ。嬉しいわ」

「ナマエの為ならいつでも」

「これから集金に行くの。一緒に行ってくれる?」

「勿論」

ジョルノが差し出した手にナマエは手を重ねて立ち上がる。本の代わりに集金用のバッグを持って、二人はレストランを出ていった。それを見送ったミスタたちがアバッキオを見る。

「……何だよ」

「いや〜……アバッキオは平気なのかと思ってよぉ」

「ジョルノにナマエ取られちまうんじゃねぇの?」

「早く仲直りしてください。やりにくくて仕方ないんですから」

三人から責められてアバッキオは溜め息をつき立ち上がった。

「ウルセーな、人のことに首突っ込んでくんじゃあねぇ」

「何処行くんだよー?」

「放っとけ、ナランチャ」

「でもよー」

「大丈夫ですよ。ナマエたちの後を追いに行ったんでしょうから」

ナランチャの質問には答えずアバッキオはそのままレストランを出ていく。声をかけるナランチャにミスタとフーゴはやれやれと言った様子で溜め息をついた。


みかじめ料の集金をしながらナマエはジョルノと街を歩いていると、彼から話しかけられる。最近よく一緒に行動するが、大抵話題はアバッキオとの喧嘩についてだ。

「まだ仲直りしないんですか?アバッキオ、ナマエのこと見てましたよ」

「もー!ジョルノも私が謝れって言うの?」

「いえ。そもそも原因を知らないので」

「知らないのに私の味方になってくれてるの?」

「僕はいつだってナマエの味方ですよ」

「ジョルノって優しいよねぇ」

「……なら、アバッキオじゃなくて僕と付き合います?」

「え……?ちょ、ちょっとジョルノ……!」

ジョルノの手がナマエの頬を包む。ナマエは不意に近付いてきたジョルノの顔にドキリとした。慌てるナマエをよそにジョルノは優しく微笑む。ナマエが耐えきれずにぎゅっと目を瞑ると、不機嫌な声が聞こえてきた。

「テメー……俺の女、口説いてんじゃあねぇぞ!」

ナマエはその声に目を開けると、ジョルノの腕を掴んだアバッキオがジョルノを睨み付けている。

「アバッキオ!?」

「お前も目なんか瞑ってんじゃあねぇ!喰われてぇのか?そんなこと俺が許すと思うのか?ああ?」

「な、何よ!いきなり!ジョルノがそんなことするわけないでしょ!」

「そんなことないですよ。……アバッキオがナマエを気に入らないのなら僕がもらっても構わないでしょう」

「ジョ、ジョルノ!?」

「ア"ァ"ン?色気づいてんじゃあねぇぞ、クソガキが!俺がいつコイツのことを気に入らねぇって言ったんだよ」

「まだ好きなんですね?」

「まだとかじゃあねぇだろーがッ!俺には一生コイツしかいねぇし、コイツがどう想おうがテメェみてぇな男に易々渡すと思うな!!」

「……だそうですよ。良かったですね、ナマエ」

「……何なのよぉ……」

ジョルノの誘導によって、いつになく冷静さを欠いたアバッキオの言葉を聞いたナマエが真っ赤な顔を両手で覆う。

「それならあとはお二人でどうぞ。集金のついでに仲直りしてくださいね」

ジョルノはそう言って、アバッキオに集金用のバッグを渡した。
角を曲がる際にちらりと後ろを振り返ると、照れ臭そうに手を繋いでいるナマエとアバッキオの姿が見えて、ジョルノはくすりと笑ってレストランへ戻る。

「あれ?ジョルノ戻ってきたの?」

「ええ」

レストランで勉強をしていたナランチャが戻ってきたジョルノに気付いた。ナランチャのノートを覗き込んでいたフーゴも顔を上げる。

「ナマエは?一緒じゃないのか?」

「アバッキオに任せてきました」

「ジョルノよォ、お前わざとナマエにちょっかい出してただろ〜?無駄なことが嫌いなお前が珍しいじゃあねぇのー。まさか本気でナマエ狙ってたとかじゃあねぇよな?」

「さぁ……どうでしょうね」

肩に腕を回してニヤニヤするミスタにジョルノは肯定も否定もせずに紅茶を飲んだ。

「Tra moglie e marito non mettere il dito.……確かにミスタの言うとおりですが、いつまでもナマエとアバッキオが喧嘩している時間の方こそ無駄なんです」

「あー……それジャッポーネでは何て言うんだっけ?」

「夫婦喧嘩は犬も食わない、ですよ」






モドル


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