振り向いてくれないから追い越したよ
「Buon giorno,signorina.タクシーを探してますか?アルバイトでこれから帰るだけだから安くしときますよ。市内まで8000円でどう?」
「No.タクシー乗り場から乗るわ」
「Giapponese?言葉がペラペラですね。いやすごいなぁ……イタリアに住んでたことがあるとか?」
「……ねぇ、あなた。あのタクシーの行列が見える?私、早くあの列に並びたいの。悪いけどあなたとおしゃべりしてる時間はないわ」
ジョルノが空港前で呼び止めた女性は不愉快そうに眉をひそめてタクシー乗り場の列を指差した。
その女性の受け答えにジョルノは一瞬ぽかんとした。
自分の容姿が女性からどんな風に見られるかある程度自覚していたし殊更日本人の女性は押しに弱いと知っていたのに、彼女はジョルノの微笑みを前に表情を崩さなかった。
それが逆にジョルノの気を惹いた。
「じゃあ1000円。1000円でいいですよ」
「しつこいわね。何でいきなり1000円になるのよ。怪しいわね。荷物だけ持ち逃げするつもり?」
旅行客にやる手口を見抜かれてジョルノが少し動揺した隙に女性はスーツケースを押していく。
「待って」
「離して」
「ごめんなさい。待ってください。あなたをカモにしようとしてたのは本当です。ごめんなさい。でももうしませんから、僕にあなたを送らせてください」
「……あのね……取り敢えず手を離してくれるかしら」
ジョルノが手を離すと、女性ははぁと深い溜め息をついた。
「……私は今、長時間のフライトでとても疲れているから早くホテルに着いて熱いシャワーを浴びて休みたいの。解る?」
「はい」
「あなたとこんな言い争いをする時間だって無駄だし長い行列にだって本当は並びたくないのよ」
「……えっと……」
「タクシーの正規の値段で無事に目的地に送るというならあなたのタクシーに乗るわ。荷物だけ持ち逃げしたり回り道をしたりしたら許さないわよ」
「解りました」
女性はジョルノの鼻の前に人差し指を突き出して念を押してくる。ジョルノが頷くと、女性はぱっと手を引っ込めてスーツケーを押す。
「あなたのタクシーはどれ?」
「僕が荷物を持ちますよ」
「No.」
「持ち逃げなんてしませんよ。約束しました。それに正規の値段なら僕が持つべき仕事だ」
「……あなた、胡散臭いのか親切なのか解らない人ね」
女性がそこで初めてくすりと笑った。彼女の姿を見た時から美しいと思っていたが、花が咲くような笑顔にジョルノの目は奪われる。
「Che bella……!」
「Grazie,お世辞はいいわ」
「お世辞じゃあないですよ」
「はいはい。早くタクシーに案内してちょうだい」
「こっちです」
ジョルノは停めてあるタクシーに彼女を乗せて走り出す。
彼女が目的地に告げたホテルは一流ホテルだった。
「凄いホテルに泊まるんですね。観光?には見えないな、仕事ですか?」
「そんなところよ」
「イタリアにどれくらいいる予定ですか?ずっとお仕事ではないでしょう?食事に誘ったら喜んでくれますか?」
「……あのさぁ。教科書でもあるの?」
「?なんのことです?」
「イタリアーノってみんな同じ言葉で誘うから。教科書があって学校で習うわけ?」
「……Bene.」
「ハァ?」
「いえ、まさかそんな風に返されるとは思ってなかったので。あなたはとても賢いんですね」
「……馬鹿にしてる?」
「まさか。もっと惹かれました」
「いらないわ」
「僕、ジョルノって言います。あなたは?」
「……ナマエ。もう良いでしょう?少し黙って。疲れてるの」
ナマエがはぁと深い溜め息をつくと窓の外の景色に目を向ける。その横顔をジョルノはミラー越しに盗み見て、やはり綺麗な人だと思った。
それからタクシーは回り道することなく目的地のホテルの前に停まる。
「Grazie.」
「こちらこそ僕のタクシーに乗ってくれてありがとうございました。Buona giornata.」
「Buon lavoro.」
ナマエが皮肉を交えて返した返事に、ジョルノはタクシーにもたれながらくすりと笑った。
翌日、ナマエがホテルを出ようとすると、タクシー乗り場から少し離れたところにジョルノが立っていてひらりと手を振っている。
「Ciao,ナマエ」
「……どうしてここにあなたがいるのよ」
「偶然ですね」
「まさか待ち伏せしてたんじゃあないでしょうね?」
ナマエが駆け寄ってくるジョルノをじろりと睨むと、ジョルノはふわりと微笑む。
「待ち伏せか運命か、ナマエの好きな方を選んでください」
「……何笑ってるのよ」
「やっぱりあなた、良いですね」
「ハァ?」
「いえ、こちらのことです。さて、今日は何処に行くんです?送りますよ」
「あなた、今日一日私にくっついてくるつもり?」
「ナマエが望むなら一日でも一生でも」
「あなたねぇ……」
「ジョルノ。あなた、じゃあなくてジョルノと呼んでください。ナマエの美しい声で名前を呼ばれたいんです」
「……ジョルノ。送ってくれるなら早く車を回してくれる?この時間が無駄だわ」
「Si,principessa.」
ジョルノは車を回してくると、ナマエを乗せて目的地の市役所へと走り出した。
車内でジョルノが市役所で何をするのか尋ねてもナマエは仕事だと言うだけで詳しくは教えない。
終わるのを待っているかと聞けば、ナマエは少し考えてから首を横に振る。
「どれくらいかかるか解らないから。ジョルノの時間を無駄には出来ないわ」
「それじゃあ迎えに来ますよ。終わったら連絡ください」
「連絡出来たらするわ」
ナマエはそう言ってジョルノのメモを受け取ると、市役所へ入っていった。
結局ナマエからは連絡は来ずにあの日から3日が過ぎた。
ジョルノはホテルと市役所にも行ってみたが、ナマエには会えなかった。
ジョルノがいつも通りタクシー待ちの観光客に声を掛けるために空港に立っていると、目の前に一台の正規のタクシーが停まりナマエが降りてきた。
「え?ナマエ?」
「ジョルノ……また“アルバイト”?」
「まぁそんなとこです。ナマエが僕のタクシーを呼んでくれないので」
「言い掛かりねぇ。違法タクシーのくせに」
ナマエが日本人にしては高い鼻をツンとさせて笑う。高圧的な笑顔もやはり美しいとジョルノは思った。
先程から視界の隅に映る彼女の足元にある大きなスーツケースが恨めしい。
ナマエはもう帰国するのだ。
「帰っちゃうんですね」
「ええ。私では任された仕事を終わらせることが出来なかったから、一度帰ってこいって言われちゃった」
「またイタリアに来ますか?」
「どうかしら。来るとしても私じゃない誰かかもね」
「残念だな。僕はまだあなたを食事にも誘ってないのに」
「もし次に会う機会があったら、その時は誘ってもいいわよ」
「本当ですか?」
「行くと返事するかはその時次第ね」
「つれない人だ」
「アバンチュールをしに来たんじゃあないもの。それじゃあね、ジョルノ。Arrivederci. 」
「Stammi bene,ナマエ」
一年後、SPW財団と空条氏が探していた汐華初流乃という少年が実はジョルノ・ジョバァーナであり、彼こそがパッショーネのボスであったことを、SPW財団日本支部に勤めるナマエの元にジョルノが再び現れて知ることになる。
「Ciao,ナマエ。ディナーに誘ったら喜んでくれますか?」
モドル
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