甘いものしか食べられない女の子だから
女の子は何でできている?
女の子は何でできている?
砂糖にスパイス
それに すてきなものばかり
そういったもので できている
女はとかく甘いものが好きだ。
ティラミス、トルタ・タルトゥファータ、プレスニッツ、カンノーリ、グラニータ、ジャンドゥーヤ。
甘いものがそこまで得意じゃなくてもジェラートだけは食べたりするだろう。或いはアッフォガート・アル・カッフェなら。
だから女を口説く時にはとびきり甘い言葉を用意するのは必然だ。それはギアッチョとて例外ではない。
「Ciao,angelo.独りでこんなところにいると悪いやつらに拐われちまうぜ」
今まさに路地裏でガラの悪い男たちに手を掴まれている女にギアッチョは言った。
見たところ東洋──日本人だろう。女性は聞きなれない言葉でギアッチョに何かを言う。意味は解らずとも助けを求めているくらいすぐ解った。
ギアッチョもそのつもりで声をかけたので、逆上した男たちを躱して脇腹に拳を一発ぶち込むのもなんてことはない。
足元に転がっていた空き缶を器用に爪先と足の甲で持ち上げて、女の手を未だに掴んでいる男の顔目掛けて蹴り飛ばせば、スコンと間抜けた音を立てて狙い通りに当たった。
「行け」
ギアッチョが有無を言わせない調子で顎をしゃくると、男たちは慌てて逃げていく。
呆然と立つ女を改めて見た。癖のない黒髪と栗色の目が幼さを助長させているが、日本人は若く見えると言うからギアッチョよりも歳上かもしれない。
「怪我はないかい?」
「あ、はい!Grazie mille!」
「Prego,angelo」
普段見せない優しい笑顔を浮かべたギアッチョは女に手を差し伸べた。控えめに重ねてくる女の手を引いて路地裏から連れ出せば、女の身体は羽のように軽かった。
「背中に羽が生えてんのか?」
「?」
「あー……What is your name?」
「あ、えっと……Mi chiamo ナマエ.」
「Che bello!イタリア語が上手だ」
「Grazie,少しだけですけど」
「俺はギアッチョだ。よろしく、ナマエサン。ジャッポーネかい?」
「Si.」
「ここら辺は危ない。大通りまで案内するよ」
「でも……」
「気にしなくていい。さっき怖い目にあったからと、イタリアを嫌いになられたら悲しい。可愛いジャッポーネにイタリアを好きになってもらいたいだけだからよ」
「嫌いになったりしませんよ」
「それじゃあ俺のことも好きになってくれるかい?」
パチリとウインクを飛ばすと、ナマエは「えっ」と驚いてじわりと頬を赤く染めた。
「少し冷やすか?ジェラートでもどうだい?」
ギアッチョが角のジェラテリアを指差して、ナマエの手を引いて歩いていく。
手を振り払わないところを見ると嫌ではないらしい。ちらりとみたナマエの顔に恐怖心はない。
「サイズはどうする?」
「一番小さいので……あっ!私が払います!」
「誘ったのは俺だぜ。シニョリーナに奢らせるわけにはいかねぇよ」
「さっき助けて頂いたお礼ですから!受け取ってください」
「女性に優しくするのは当然だろ?じゃあ自分の分は自分で買うってことでいいか?」
「……私はお礼したかったです」
「こうやってデートしてくれるのが礼になってるから気にしなくていいさ」
「……もう」
ギアッチョが腕を出せば、ナマエはクスクスと笑ってその腕に手を回す。
ギアッチョはストラッチャテッラとノッチョラ、ナマエはマンダリーノとジャンドゥーヤの組み合わせでジェラートを選んだ。
「味はどうだい?」
「美味しいです!オレンジとチョコレートにジャンドゥーヤ特有のナッツの風味が絶妙ですね!」
「評論家みたいだな」
ギアッチョが笑えばナマエもつられて笑った。
「こっちも食べてみるか?」
「え、でも」
「まだ手をつけてない。ナマエサンさえ良ければドウゾ」
「そ、それじゃあ一口頂きます」
ナマエはギアッチョのジェラートをスプーンで掬って食べてみた。
ストラッチャテッラに含まれるチョコチップとノッチョラに混ざったヘーゼルナッツがナマエの奥歯でカリッと鳴る。
「美味しい!チョコチップとヘーゼルナッツの食感が良いですね!」
「そりゃ良かった。あそこに座って食べようぜ」
ギアッチョが近くのベンチを指して、ナマエと並んで座った。
「ギアッチョさんは学生さん?」
「まさか学生と思ってた?CSセンターでクレーム処理の仕事をしてるよ。ナマエは?君こそ学生かい?」
「いえ。きっとギアッチョさんより歳上よ、私。ジムのインストラクターなの」
「道理でスタイルがいい筈だ」
「ギアッチョさんも何かスポーツをしているでしょ?脚の筋肉が凄いもの」
「スケートが趣味でね」
「趣味でつく筋肉じゃないですよ」
「インストラクターに誉められて光栄だよ」
他愛ない話をしながらジェラートを食べ終わると、二人はまた大通りを目指して歩き始めた。
「ジャッポーネの女性にとってイタリアの男性はどう見える?イケてるかい?」
「そう思います!背も高いし顔立ちもはっきりしてますよね」
「俺みたいなやつもいるけどな」
「ギアッチョさんは素敵ですよ!親切だし紳士的です」
「Grazie.Sei dolcissima.」
「ギアッチョさんも優しいです。……あ、あそこが大通りですね!」
ナマエが信号のある通りを指して言った。
「もっとナマエとデートしたかったけど残念だ。楽しい時間をありがとう。Buona giornata.」
「こちらこそ!助けて頂いた上に連れてきてくれてありがとうございました。ジェラートも美味しかったですし、楽しかったです」
「今度は悪い奴らに捕まったらいけないぜ、angelo.」
ギアッチョがウインクしてそう言うと、ナマエは出会った時と同じように頬を染めながら大通りの雑踏へ消えた。
「……いつまでついてくんだオメーはよォ……」
ナマエの姿が見えなくなると、ギアッチョは普段通りの口調で言う。するといつの間にかメローネが真後ろに立っていた。
「後ろから見てたが、彼女は母胎には向かないな。ジャッポーネの女は貧相だと言うが凹凸がない」
「尾行なんて趣味悪ィぞ、メローネ」
「俺の趣味が良いことなんて今まで一度もないだろ。それよりもギアッチョ。彼女を持ち帰らなくて良かったのか?アンタが女に声掛けるくらいだから余程の筈だが」
「煩ェ!オメーがついてくっからだろーがッ!ずっとついてくるとはどういうワケだァ!?」
「ギアッチョの好みを知りたくて」
「女子高生みたいなクソウゼェ理由だな!!」
「ギアッチョはああいう、控えめだけど感情が豊かな女がタイプなんだな。ベネ。ひとつ情報が増えた」
「待て待て待て!!何に使うつもりだ!?」
「特に利用方法は今のところはない。ただの趣味だ」
「本ッ当に趣味悪ィな!!!!!!」
モドル
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