独りで眠るのには大きすぎるクイーンベッドは寝返りをうつとひんやりとして、更にナマエの心にすきま風を吹かせる。
ブチャラティと寝る時は勿論独りで眠る時もナマエは左側に横になる。寝返りをうって見た右側に今夜ブチャラティの姿はない。
ブルー系でまとめられたファブリックが真夜中になると寝室を深海へと変える。こんな深い海の底でたった独りで眠るのには秋の夜は長すぎて、ナマエは何度も寝返りをうつ羽目になるのだ。
夏の間には煩いほど聞こえていた酔っ払いや若者たちの騒ぎ声も秋になると虫の音にとって変わる。漣のような虫の声に規則的に刻む時計の秒針の音がまだナマエを眠りにはつかせてくれない。
ナマエが深く溜め息をついた所で、玄関のドアノブが開く音がガチャリと響いた。コツコツと乾いた靴音が近づいてくる。ブチャラティが帰ってきたのだ。
ナマエが寝ていると思っているブチャラティは物音をあまり立てずにシャワールームに入った。
流れてくる水音にナマエの意識が段々と解れてくる。ブチャラティの気配を感じただけで安心してしまう。
あんなに来て欲しかった眠気に今は抗いながらうとうととしていると、いつの間にかブチャラティがベッドに入る所だった。

「……悪い、起こしちまったか?」

「ん……ううん。起きてた」

「また眠れないのか」

「でも……眠たくなってきた、かも」

「おいで」

ブチャラティはそう言ってナマエに向かって腕を広げる。ナマエが身体を寄せてブチャラティの腕の中に入ると、そのままぎゅっと抱き締められた。
シャワーを浴びてきた筈のブチャラティから仄かにひんやりと冷たい少し乾いた夜の匂いがして、切ない気持ちになる。

「あなた、秋の夜の匂いがする」

「そうか?」

「今夜、帰ってきてくれて良かった。こんな夜に独りで眠るのは辛すぎるから」

ブチャラティは反射的に謝ろうとして止めた。いくら謝った所で、改善することも出来ないのだから互いに虚しくなる。そんな表面だけを飾るよりも今はナマエの形の良い後頭部を撫でていたい。さらさらとした髪の毛の下は仄かに熱を帯びていて、ナマエが眠いのが伝わってくる。子供と同じで眠いと頭が熱くなるのだ。

「大丈夫だ。隣にいる」

「……手、繋いでて」

「ああ」

ブチャラティは空いている方の手でナマエの手を握ると、絡めた指先にキスをした。
そして暫くナマエの背中を寝かしつけるようにポンポンと叩いていると、腕の中で猫のように身体を丸めるナマエから微かに寝息が聞こえてきた。
深海のようなこの部屋にナマエを独りでいさせておく事にブチャラティが何も思わないわけではない。もっと広くて明るい海へ放してやるべきなのだと解っていても、ブチャラティはナマエをここに沈めておきたいのだ。自分の気配だけで安心しきってしまうようなナマエが愛しくて仕方ない。

「Buona notte,sogni d'oro amore mio.」

ブチャラティがナマエの額にかかった前髪をそっと指先で払うと、露になったそこへキスを落とす。
長い長い秋の夜に、二人揃って同じ夢の中で深海魚になろう。
そう願いを込めて、ブチャラティも瞼を閉じた。




夜の天幕にしずめた深海魚

prev | next

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -