ペッシがプロシュートに言い付けられていた用事を済ませて待ち合わせのバールに向かうと、彼が座るテーブルには先客がいた。
店の奥の席に座る女性は壁を背にしていることから、プロシュートよりも先にこの店にいたことが解る。
プロシュートに勝るとも劣らない美しいブロンドに遠目からでも解る青い目を輝かせながら頬杖をつく彼女はまるでスクリーンから抜け出してきたヒロインのようだった。
べッラを見れば声を掛けるプロシュートでも、ホルマジオなら兎も角、弟分を待つ間に待ち合わせ場所であるバールに連れ込んだりはしない。だがべッラがあらかじめバールにいたのならまた話は違ってくる。
もしプロシュートが口説いているのならペッシは二人の間に入っていってはいけない。
ペッシが引き返そうかと迷いながらもプロシュートの様子を伺うと、どうやら口説いている様には見えなかった。
女性の前では決してしない普段の座り方で煙草を吸っている。
プロシュートは街で声を掛ける女性の前では煙草を吸わないことを知っているペッシは意を決してテーブルに近付いた。
近くに行けば話し声もはっきり聞こえ、プロシュートの口ぶりから目の前のべッラはもしかしたら同業なのかもしれないとペッシは思った。
近付くペッシの気配にプロシュートが気付いて振り返る。

「終わったか?」

「う、うん。アニキの言う通りにしてきたよ。……」

ペッシが堪らず奥に座るちらりとべッラを見ると、べッラもペッシを見ていたのかぱちりと目が合った。

「Ciao」

「チャ、Ciao,bella……」

「フフフ、可愛いのね。ナマエよ」

「俺はペッシです」

ナマエと名乗ったべッラが差し出した手を取り握手を交わす。
ナマエに誘われてプロシュートの隣に同席を許された。

「お二人はご友人ですか?」

ペッシは思いきってずっと気になっていたことを尋ねてみた。
プロシュートもナマエも奇跡のように美しい。美男美女のカップルだった過去があっても不思議ではない。
プロシュートが紫煙を吐き出しながら、短くなった煙草を吸い殻に押し付けた。

「嫁だ」

「嫁ェ!?」

「元よ。元・嫁」

「元嫁ェ!?元ォ!?」

プロシュートの答えとナマエが訂正した答えにペッシは二度も驚く。
予想を遥かに越えた返答だった。

「え……?アニキ、結婚してたんですかい?」

「あ?言ってなかったか?」

「初耳ですよ!!」

「結婚していたと言ってもな、一年も一緒に暮らしてねぇ」

「ええ。離婚手続きにかかった時間の方が長いのよ」

「それでも市役所で済ませて良かった。教会でやってたら、今頃まだ夫婦だったろうよ」

「悪夢だわ」

プロシュートとナマエはおかしそうにくつくつと笑う。ペッシだけが笑えない。

「どうして結婚したんですか?」

「おいおい、ペッシィ……!おかしなことを聞くんだな」

「そこはどうして別れたんですか?って聞くもんじゃあないの?」

「別れた理由は……何となく察しがつきます……」

「へぇ」

ナマエは組んだ指の上に顎を置いて呟いた。青い目が続きを話せと訴える。

「アニキとナマエさんはとても似ているから……似すぎてても上手くいかないのかなって」

「……へぇ……。あなた、キュートな上に洞察力があるのね。プロシュートの傍なんかにいないで私のところに来ない?」

「おい、ナマエ。今の話聞いただろうが。俺とお前は似てるんだとしたら、コイツにとってどっちの傍にいようが大差ねぇだろ」

「大差ないなら良いでしょう」

「ああ"?」

ナマエとプロシュートの視線の間にバチバチッと火花の爆ぜる音が聞こえてきそうだった。
ペッシは慌てて手を振って止めに入る。

「や、やめてくださいよォ!」

黙ったまま互いを睨む一触即発の雰囲気にペッシが益々萎縮していくと、どちらともなくプッと噴き出して二人は笑った。
金髪のド派手な美しい二人組が豪快に口を開けて堪えきれないと言った様子で笑う様子にペッシはひとりポカンと口を開けたまま固まってしまう。

「ンッフフ……人が悪いわね、プロシュート。可愛い弟分をからかっちゃあ駄目よ」

「ククク……お前こそ俺の舎弟をビビらせてんじゃあねぇぞ」

「……え?あ、も、もーーーッ!!やめてくださいよーーーッ!!スッゲェビビったじゃあないですか、もうーーーッ!!」

「悪ィ悪ィ」

「ごめんね」

「まだ笑ってるじゃあないッすか〜!」

手のひらで口元を覆いながら肩を震わせる二人にペッシが唇を尖らせた。

「あなたが可愛くてつい意地悪しちゃったわ、許してね」

ナマエは目元に溜まった涙を拭うと立ち上がる。

「行くのか」

「Si.会えて良かったわ」

「ああ、俺もだ」

テーブルの横を通りすぎるナマエの手を取ったプロシュートがそのまま引き寄せてナマエの頬にバーチをした。
ナマエの唇をプロシュートの親指の腹がなぞる。

「……ここには次逢えたらしてやるよ」

「その時の私に恋人がいるかもよ」

「関係ねぇな」

「あの時の告白の続きだと思って覚えていてあげるわ。Ciao ciao.」

「Stammi bene,ナマエ」

「……Ciao ciao.」

ナマエの背中をプロシュートとペッシが見送る。
ペッシはナマエの姿が見えなくなってから、プロシュートに尋ねた。

「ねぇアニキ。あの時の告白ってなんですか?」

「アイツと別れた時にな、“歳取ってもまだ生きててお互いにひとりだったらまた夫婦になろうぜ”って言ったんだよ」

「へぇ……。それってアニキが言ったんですかい?それともナマエさんが?」

「……ペッシ……。お前はやっぱりおかしなことを聞く野郎だな」




あの告白は今でも有効よ

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