麗らかな春の午後。
アジトにはナマエ以外誰もいない。サンルームから差し込む春の陽射しは柔らかく、空に舞う塵すらキラキラと輝く。
微睡むには少し惜しいような気がして、ナマエは庭にでも出てみようと思い立った。まだ春とは言え紫外線は大敵だ。ナマエはアジトに置きっぱなしにしている帽子を取ろうと、クローゼットを開けた。
トイレットペーパーや保管用の書類などに混じってメンバーが持ち込んだ様々なものが入っている。ボードゲームやダーツにツイスター(大抵は酔っ払ったミスタがやろうと言いだす)がそれだ。ナマエが手を伸ばして帽子を取ると、何かが上に乗っていたらしくカコンと小さな音を立てて落ちた。
足元に転がったものを見ると、それはシャボン玉の容器だった。
細長いスティック状の先にくまのマスコットが付いていて、いかにも子供のおもちゃと言うようなファンシーなものがこのアジトにあることに驚く。
誰かが持ち込んだのか貰ったものなのかは解らないが、一度は開封してあるらしく、シャボン玉液が少し減っている。
帽子を被ったナマエはそれを持って、サンルームから庭に出た。
庭と言ってもそう広いものではなく幼い頃に読んだ秘密の花園とは程遠いが、ナマエはこの庭を秘かに気に入っていた。
マスコットのくまの持ち手を捻りアームを取り出すと、ワイドが三角形に広がり虹色の膜が張る。
そっと膜に向かってふーっと息を吹くと小ぶりなシャボン玉がいくつも空に舞った。
光を反射させながら舞う透明な球体がぱち、ぱち、と弾けて消える様子をナマエは儚いものだなと眺める。
シャボン玉液をつけて、今度はアームを持ったまま腕を伸ばしゆっくりと一回転した。
三角形のワイドから筒状に伸びて、吹いた時よりも大きなシャボン玉が浮かぶ。その大きさにナマエは思わず、わぁと呟いてふわりと浮かぶシャボン玉を見つめた。
今度はもっと大きなシャボン玉を作りたくなって、慎重にアームを動かす。そんなことを繰り返している間に庭はシャボン玉で溢れた。ファンシーだと思っていたが始めてみると中々楽しい。
成人した女がひとりでシャボン玉で遊んでいたなど他のメンバー(特にアバッキオやミスタにナランチャ)に知られたら暫く笑われるに違いない。ギャングの世界で男に舐められないようにしてきたナマエは彼らに言わせると可愛いげがないらしいし、それはナマエもある程度は自覚している。
気の強そうな顔立ちに加えて言いたいことはズバズバ言う性格は変に女扱いされずにチームの中ではそこそこ快適だった。
ただ気は負っているもので、こうしたひとりの時間は素の自分に戻れる。完全にリラックスしていたナマエは背後に立つ人物に気付くのが遅れた。
ふわりと浮かんだシャボン玉がひとつ、ぱちりと弾けたその先にブチャラティが立っている。
微笑ましそうにこちらを見つめる視線にナマエはばつが悪そうに照れた。

「やだ、いつから見てたの?」

「ナマエがシャボン玉に囲まれている辺りからだな」

「恥ずかしいな。声かけてよね」

シャボン玉を隠すようにワイドを閉じて蓋を閉めるナマエの隣にブチャラティが歩いてきて、ナマエの髪を掬う。短いが美しいブルネットがさらりとブチャラティの指に絡んだ。

「あんまり綺麗なんで見惚れちまったぜ」

そう言ったブチャラティの声があまりにも愛しそうだったので、ナマエは不覚にもドキリとしてしまう。
驚きから見開いたナマエの目とは対象的にブチャラティの目は細められ、それが更に愛しいものを見つめるような目だからナマエは益々戸惑う。
ブチャラティか見惚れてたのはシャボン玉なのか、それとも──。
尋ねようとしたナマエの口唇にブチャラティの口唇が重なった。
驚きを通り越して至近距離で見る閉じられたブチャラティの睫毛の長さに、ああ慣れてるなぁなんて感想が先に出てきてしまう。
触れあうだけの優しいキスは一瞬で、ナマエは被っていた帽子をブチャラティに目深に被せて逃げるように立ち去った。
帽子のつばを上げたブチャラティは、ブルネットから覗くナマエの耳が真っ赤に染まっていることに気付くと口角が自然と緩むのを止められない。
さて。これからどうやって口説こうか。
ナマエの飛ばしたシャボン玉が割れずに飛んでいくのを眺めながら、ブチャラティはそんなことを思った。


プリズム

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