確か何気ない会話の中で誕生日を聞いたのが始まりだった。
「3月25日だ」と素っ気ない声で答えたアバッキオの首もとに掛かったヘッドホンから知っている曲が流れていて、私がモンテヴェルディ好きなの?と尋ねると、アバッキオの二層になった眼が僅かに開いてさっきよりも幾らか柔らかい表情で「あぁ」と頷いた。
それがきっかけで付き合うようになって季節はまた春。
午後の微睡みから流れるように身体を繋ぎ、皺くちゃになったベッドの中でそのまま抱き合っている。
回された腕の付け根に引っ掻き傷を見つけて、どうやら行為中に私が付けたものらしく真新しい赤い3本の線は私の指の間隔と一致する。

「擽ってぇ……」

「痛くない?ごめんね」

「痛くねぇって言ってんだろ。ナマエこそどこも痛くねぇか?」

「ん……。今のところはね。明日はどうだろ?」

アバッキオが降らすキスの雨を受け止めながら擽ったさからクスクスと笑う。

「無理はすんな」

「アバッキオがさせてるんじゃあないの」

「違いねぇな」

喉の奥でククッと笑ったアバッキオが私の髪を撫でる。
大きな手の感触に目を閉じて、アバッキオにすり寄った。

「……ねぇ。アバッキオは小さい頃どんな子供だった?」

「何だよ、急に」

「良いじゃない。折角の誕生日なんだし教えて。……嫌なら無理にとは言わないけれど」

「別に嫌じゃねぇ。特別なことは何もないから話してもつまんねぇだろうと思うだけだ」

「アバッキオの話をつまらないなんて思ったことないわ。日曜日は何をして遊んでた?」

「……日曜日は両親と一緒に教会へ行くのが決まりだった。礼拝をして神父の話を聞いて、ゴスペルを聞いた」

「敬虔なカトリック信者なのね」

「俺は受胎告知の日に生まれたからな。尚更だ」

「“喜べ。恵まれた女よ。主は汝と共におわす”」

「そう。それだ」

ガブリエルの有名な言葉を諳じるとアバッキオが懐かしむように笑う。きっと毎年両親から聞かされていたのかもしれない。

「警官を辞めてギャングになって。俺は自分が天から選ばれた人間なんかじゃねぇって思った。けどブチャラティが手を差し伸べてくれた。その先でお前に出会えたんだ」

「アバッキオ……」

「こんな綺麗な天使を俺のところに寄越してくれた神様に感謝するぜ」

髪を撫でていたアバッキオの手が、私のお腹を優しく撫でる。
いつか私もそこに命を宿し、彼に福音を告げることが出来るだろう。そう遠くない未来の内に。
夕暮れの街にどこかの教会から鳴る鐘の音と聖母マリアの夕べの祈りを歌う声が響いている。

「ナマエは俺のアンジェロだ」

祈りにも似たキスを交わす。

「Buon Compleanno.(誕生日おめでとう)」

あなたに海よりも深い愛と祝福を。


福音の鐘

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