水面下の目論見
仕事が一段落したところでアキラはブチャラティから電話でアジトで飲み会をやるから来ないかという誘いを受けた。
大きな任務がひとつ片付いたらしい。
職場であるSPW財団イタリア支局から直接アジトへ向かった。
途中飲み物やデリを買って店から出たところで一台の車がアキラの隣にゆっくりと近付いてきた。

「Ciao,アキラ」

「Ciao,ジョルノ」

ウィンドウを下げて顔を出したのはジョルノであった。
今のパッショーネを支える若きドンである。

「これからアジトへ?僕も行くところですから乗りませんか?」

「Si,grazie.」

運転手が開けてくれたドアからアキラはジョルノの隣へ乗り込んだ。
アジトへ着くと、アキラが買い物してきた荷物はジョルノが持ってくれた。
ボスにそんなことさせられない、と言うと女性に重いものを持たせられませんよと返されてしまい、アキラはそれを了承した。
アジトのドアを開ければ、すでに酒が開いているのか賑やかな声が聞こえる。
ジョルノのアキラの姿にミスタとナランチャが手を挙げ、フーゴがジョルノの持っていた荷物を受け取りに来る。
ブチャラティもアキラの傍までやってきて、ちゅっとキスを落とした。

「揃ったところで乾杯しようぜー」

「アキラ、何飲むんだ?」

「えっと……あ、ジンジャーエールで」

「ジンジャーエールだぁ?ガキかよ」

くつくつ笑いながらアバッキオがコップにジンジャーエールを注いで渡してくれる。彼とアキラは同い年ということもあって、気が合う。

「あれ?アキラ、お酒飲めないの?」

「うん。体質が合わないの」

それを見ていたナランチャが尋ねる。彼の持つコップにはワインが入っていた。ナランチャはこう見えてうわばみだ。
遅れてやって来たジョルノとアキラの手に飲み物が行き渡ると待ちきれないと言った様子でミスタがコップを掲げた。

「Saluti!」

他のメンバーもやれやれと苦笑して乾杯する。
ジョルノがボスになってもチームが解体されそれぞれ幹部になってもやはりこうして久々にアジトに集まればあの頃のような賑やかさが一気に戻ってくる。

「アキラチャン、最近ブチャラティとはどうなのよ?」

「ミス子、ウザイ」

「ひっどいわ〜!!!」

アキラはソファに座って生ハムを摘まみながら、ピストルズにサラミを分けてやっているとミスタが隣にどかりと座ってきて話し掛けてきた。まだ一杯目だろうに既にテンションがハイになっているのか口調が変わっている。
アキラがそれを一蹴すると、わざとらしくくねくねするので堪らずに笑うとミスタはニヤリと笑った。

「噂になってるぜ。幹部のブチャラティはクールビューティーな東洋女とデキてるってな」

「パッショーネもそんな低俗な噂流れるんだ」

「幹部のゴシップは今や下っぱの娯楽よ、娯楽」

「ブチャラティが迷惑してる?」

「それはないだろ。聞かれれば惚気が始まるからな」

「……それは止めてよ」

「嫌だね。人の恋路を邪魔するような野暮な真似はイタリアーノはしねぇのよ」

ミスタとアキラの会話から外れた所では、ブチャラティとナランチャそしてアバッキオがワイン片手にチーズを摘まみに話している。

「アキラ、お酒飲めないの俺知らなかったよ。飲み会誘って悪かったかな」

「お前が気にすることじゃあねぇ。嫌なら来ないからな」

「ジャッポーネはノーと言えねぇって言うが、アイツは別だな。自分がしたくねぇことははっきり言いやがる」

「だろ?そこが良いんだ」

「……聞いてもねぇ惚気止めろよ、ブチャラティ……」

アバッキオは苦虫を潰したような顔でワインを煽ると、自分のグラスと空いていたブチャラティのグラスにワインを注いだ。

「ブチャラティがアキラに惚れてデートに誘ってた頃さぁ、バーとか行かなかったの?」

「それが行ったんだ。知らなくてな。アキラも言い出せなかったんだろう。はっきり物を言うタイプだが場がシラケる事は言わないから……よく知らないという言葉を真に受けた俺は度数の低い酒を勧めて。アキラは美味くもない酒をちびちび飲んでた」

「アキラにそんな殊勝なところがあるとはな」

「俺は解る気がする。アキラって気配りっていうの?そういうの細やかだもんな〜」

「結局その一杯でアキラは酔っちまってな……。アルコールのせいでふわふわするのか口調がふにゃふにゃになって可愛かった……」

「惚気るなッつーのに。酔っぱらってんのかよ、アンタ」

「恋人自慢くらいさせろ」

「ねーねーその日は結局アキラとどうなったの?寝たの?」

「ナランチャ……お前、そう言うこと聞くなよ。相手がそこにいるだろーが。生々しいんだよ」

「まさか酔っぱらいに手を出すほど落ちぶれてないんでな。丁重に自宅まで送ったよ。寝顔を見たのはその日が初めてだったが」

「アンタも答えんでいい」

上司の恋バナなど聞きたくもないと言った風にアバッキオがその場から離れてひとり掛けソファーに移動する。

「こっち来るの珍しい」

「あぁ?アイツ、お前の話しかしねぇから仕方なくだ」

「……何してんの……」

「顔真っ赤じゃん、アキラ!照れてんの〜?」

「うっさい、ミスタ」

アキラが赤くなった顔を片手で覆うとミスタがからかい、それを見ていたアバッキオが珍しいものを見た顔をする。
二人から逃げるようにアキラがキッチンへ飲み物を取りに行くと、フーゴとジョルノが話していた。

「……あ、ごめん。聞いちゃダメな話だった?」

「酒の席でそんな野暮な話はしませんよ」

「飲み物なら、これと一緒に持っていくから」

フーゴの手元には新しいコップが並んでいた。アキラは頷いてトイレに行く。
出るとすぐにブチャラティがいて、トイレかな?と思っているとすれ違い様に口唇を寄せられたのでアキラは思わず顔を後ろに退いた。ブチャラティが一瞬ムッとしたのが解った。

「ここでも歯磨きしてねぇとか言うんじゃあねぇだろうな?」

「言わないよ。ちょっとビックリしただけ」

「ふぅん?」

ブチャラティの細い指がアキラの顎を捉えて引き寄せられる。口唇と口唇が軽く触れ合うだけのキスは離れる瞬間にだけ微かにちゅっと音を立てた。

「……酒は飲んでないみたいだな」

「……ブチャラティは飲み過ぎ」

「電話してくる。アキラは飲むなよ」

「飲まないよ」

ブチャラティはアキラの酔った姿を誰にも見せたくなくて言った言葉だが、いまいちアキラには彼の真意は伝わっていない。
苦手な酒を自ら飲むようなことはしないとそういう意味で返事をしたアキラはリビングへ戻った。
フーゴが新しいコップに酒を注いでいて、アキラの姿にひとつのコップを指差す。

「これがアキラのです。ジンジャーエールで良いんですよね?」

「Grazie、フーゴ」

空いていたソファに座ってコップを持ったところで、ナランチャがアキラを呼んだ。何かを探しているようだがアジトの事などアキラに聞いても解りはしない筈なのにナランチャはこうした些細なことでもアキラをすぐに呼ぶ癖が付いてしまっている。
ナランチャの探している栓抜きを代わりに見つけてやり、キッチンからソファへ戻るとアバッキオが座っていた。隣にはミスタとフーゴ、ひとり掛けソファにジョルノがいて、アキラの座る所はない。

「これ、私の?」

「ああ」

ミスタと話していたアバッキオはテーブルの上を見ずに返事をする。アキラもアバッキオの言葉を信じてコップを取るとカウンターへ移動しハイスツールに腰を下ろした。

「……チッ」

アバッキオが唐突に舌打ちをする。フーゴたちがどうしたんです?と聞くとアバッキオは持っていたコップを見せた。

「ジンジャーエールだ。甘ぇ」

「……まさか」

ジョルノがパッと立ち上がるとカウンターに座るアキラに声を掛けた。

「アキラ?」

「……うん、じょるの?なぁに?」

「顔が赤いですね。飲んでしまったか……」

ジョルノがカウンターの上のコップに目を向けると、既にコップは空だった。

「アバッキオ、これ何が入ってたんですか?」

「シャンパンだ」

「アキラは全部飲んだようです。飲みやすい分酔いやすいから……」

「じょるの、おはなのにおいがするね〜いいにおい〜」

アバッキオたちの方を向いていたジョルノの背中にアキラが抱きつき、彼の首筋に鼻を近付けてスンスンと嗅いだので、ジョルノは一瞬ピタリと動きを止めた。背中に当たる柔らかい感触は不可抗力である。

「……何してんだ?」

戻ってきたブチャラティがアキラに抱きつかれるジョルノに向かって言った。

「……ブチャラティ……これは……」

「事故だ!!」

「アキラが間違えて俺のシャンパンを飲んじまった」

「飲んだと言ってもコップ一杯です」

「叱らねぇでくれよ、ブチャラティ!」

オロオロするメンバーをよそにブチャラティはカツカツとアキラに近寄って、彼女の黒髪を撫でる。

「アキラ、」

「……ん、ブチャラティ……?」

「ほら、腕を回して」

ブチャラティがアキラの脇の下に腕を通せば、アキラもブチャラティに言われた通り彼の首に腕を回す。

「アキラを寝かせてくる」

アキラを抱き上げたブチャラティはそう言って奥の仮眠室へと向かうとそのまま暫く出てこなかった。
メンバーはその後ろ姿を黙って見つめながら、二度とアキラに酒を飲ますまいと心に誓ったのだった。





「起きないと襲うぞ」

「おきたら、おそってくれないの……?」

「……勘弁してくれ」




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