■ 09.今日の朝は熱かった
そういえば、家でゆっくりするのはいつぶりだろうか、と思い返す。学校が始まってからは、朝からだらだらすることはあまりなかったような気がした。
平日はもちろん、休日もテレーゼと出掛けることが多く、こんな時間までベッドに横になってることはなんだか珍しい。
「七瀬、食欲ある?」
リドルが半透明の体でドアをすっとくぐり抜けてくるその様は、いくら本人は記憶と言い張っても、正直幽霊となんら変わりないと思っている。
「食欲……そういえばお腹すいたかも」
「何か食べる?」
「食べたいけど、料理作れるの?」
「まあ見てなよ」
リドルがベッドの近くの椅子に腰掛けた。
「ちちんぷいぷいー」
なんとも間抜けな呪文を唱えたあと、ぽん、とサイドテーブルにサンドイッチとりんごジュースが現れた。サンドイッチは玉子が間に挟まったフレッシュで美味しそうだ。
「どうぞ」
「え、これ食べれるの?」
お皿をごと取って、まじまじとサンドイッチを見つめる。ちょっといい匂いもするし、本物のようだ。
「七瀬が普段どんなにおかしなものを食べているか知らないけどね、僕だって昔は普通の人だったんだ。食べられる物とそうでない物の区別くらいつくさ」
「これ、どっから出してきたの?魔法って便利なのね」
「企業秘密だよ」
リドルはにやっと口角を上げて微笑んだ。
本当のところは、ひとつ上の階の住民の朝ごはんをここの部屋に移動させただけだとは全く予想もしていなくて、噂好きのテレーゼが「ねえねえ七瀬知ってる?あなたのちょうど真上に住んでるリードさん、この前の月曜日にサンドイッチが消えたって大騒ぎしてたのよ。そろそろボケてきたのかしらね」と楽しそうに喋っているのを聞いたときには、思わず顔がひきつった。
「じゃあ、僕は日記に戻ってるね。ごゆっくり」
こんなにリドルが優しくなるんだったら、毎日風邪を引いていたいなあ、なんて呑気な事を考えながらサンドイッチをもそもそ食べた。見てくれだけは良いリドルだ。こんなふうに尽くしてくれると、白衣の天使に見えなくもない。
まあ、あの嫌味なリドルが、見返りを求めずに気を遣ってくれるなんてあり得ないだろうから、後からいろいろ 言われそうだけども、今は何も考えずに素直に甘えておくことにした。もしかしたら本当に「恩を感じて」優しくしてくれているのかもしれない。
リドルの本心が分かるほどまだ付き合いは深くないけれど、リドルがいろいろと気にかけてくれているのは事実なのだ。
ご飯を食べたら少しまぶたが重くなってきた。横になってうつらうつらしていると、いつの間にか眠っていた。
次に私が目を覚ましたときには、すっかり夜になっていた。中途半端に起きてしまったのを少し後悔した。明日、学校へ行くために再び眠ろうと目をつむってみても、眠気はさっぱりやってこなかった。
リドルは日記の中で休んでいるためか、どうも人気がない私の部屋は落ち着かなかった。そういえば、魔法を使うと、このゴーストような形を維持出来ないと前に説明してくれたような気がする。
日記に話しかける、つまり何か書き込むと、返事は来るだろうか。
リドルの気配が感じられないのがさみしいだなんて思いもしなかった。いつもは何かと日記の外に出ていることが多いリドルは、私の教科書を読んでいたり、ぼんやり外を見つめていたりと、私が寝ていようと起きていようと、あまり関係なくリドルの生活があるみたいだった。
こんな風に感じている事をリドルに知られるのは癪なので、絶対に言うつもりもないけど。
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