僕の仕事場から家までの帰路には不当なごみ捨て場がある。そこに棄ててあるのは、バラエティーに富んでいて、大型な物が多かった。アンティークなんじゃと思うレベルの古い冷蔵庫や洗濯機、チェーンが外れハンドルが歪んだ自転車、洋服なんかもあり、中には女性物の下着まで見かける事があった。
とにかくそこには何でも棄ててあった。そしてそれを見るのが僕は好きだった。新しい物があると、それを見て今度はこんなのが来た、とクスリと笑うのが好きだった。

今朝は電車に乗り遅れそうで、その道は走って通りすぎた。そのせいであまりはっきりは見なかったけど何か新しい物があった気がした。気になったけど僕はすぐにそこを離れ、駅に走った。
結局目的の電車には間に合わず、十分後の電車に乗り、仕事にはなんとか間に合った。仕事中、あまり他の同僚とは話さない僕は、パソコンの前で淡々と次の会議の資料をまとめて、昼休みは一人で会社近くの定食屋で食べ、定時を迎えてバラバラと帰って行く同僚に混じって会社を後にした。
帰りの電車でつり革に掴まって、ドアのガラスに写る自分の顔をぼんやり見ていた。冴えない。
後ろに写っているカップルとおぼしき男女は、電車内の静けさに声が目立たないよう、ほんの小さな声で会話していた。なんと言っているかは声が小さくて聞き取れなかったが、男の言う話に女は幸せそうにクスクス笑い、その笑顔を見て男はまた幸せに笑っていた。僕はあまり見ないように、ガラスから視線を落とした。
最寄り駅に着くと、僕はそそくさと朝から行こうと思っていたごみ捨て場へ向かった。ごみ捨て場となっている場所は、小さな工場の廃屋で、ガレージの並ぶ隅がそこだった。コンクリートの壁で出来た門を抜け、敷地内に入り、奥に見えていたごみ溜めに行き着いた。
新入りのごみは、マネキンだった。
マネキンにしては不自然に直立していて、髪は後付けなのにしっかり乗っていて、何も着せられていないボディには傷一つない。
棄てられる理由が見つからなかった。何せ、傷がないどころか物凄く綺麗なマネキンだったのだ。
肌はピンクで、顔立ちはデパートで見かけるような、違和感のある外人風な物ではなく、まるで芸術作品として石から削り出された天使のようだった。ほっそりした顎は先に丸みがあり、唇は厚めだった。目には後でガラスを入れられたのか、街灯の光を浴びて、きらきら光っていた。睫毛も付いている。
まるで生きているようだったけど、それははっきりとマネキンとわかる物だった。しかしあまりの美しさに、僕はこのマネキンを気に入り、その新入りに微笑んだ。

「綺麗だね」

しかしマネキンらしく、体は凹凸を作られた程度の物なので裸でいるより服を着ている方が良さそうだった。僕はごみの中から女物の服を探りだし、着せやすそうなボタン式で前が全部開くワンピースを選んだ。
僕はマネキンの両腕を外し、ワンピースを着せてから袖に腕を通してもう一度五体満足にした。ワンピースはごみの中の物だったので、小汚ないしみすぼらしいが、このマネキンが着ると少しはマシだった。
このマネキンに似合う服は、どうやらごみの中にはない。

「じゃあね、また来るよ」

思い切り独り言だったけど、なんとなくマネキンは聞いているような気がした。
自分は寂しい人間だから、生きていない物に対しても人肌が恋しかったのかもしれない。そう思うと、余計にマネキンに対して親しみが募った。

次の日から毎日僕はごみ捨て場へ通った。前は新しいごみが来たら、面白い物がないかと見に来ていた程度だったけど、それからは朝と帰り、二回必ずここへ来て、マネキンを見ていた。その行動には自分でも引いていたが、どうしても行きたくなってしまうのだ。
いつしかそれが日課になり、休みの日にも夜に出掛けてそのマネキンに会いに行くようになった。会いに行って何かをするでもないが、ただ隣に座って缶コーヒーを飲んでいたりするだけで十分だった。誰と一緒にいるのよりも落ち着き、その時間が1日で一番大切な物になっていた。
マネキンはいつ見ても同じ体勢で、同じところを見ていた。マネキンは、ずっとマネキンのままだった。

「じゃあ、また明日」

その日も僕はマネキンに呟くように挨拶をした。気付けば来てから一時間が経っていて、帰宅途中の僕は腕時計を見て急に我に返ったのだ。飲みかけの冷めた缶コーヒーは、普段はポイ捨てなんてしないのに、横のごみ山を見ると気にしているのが馬鹿らしくなり、そこに置いて帰った。
次の日の朝も僕はごみ捨て場へ足を運び、マネキンに会いに行った。朝は立ち寄って少し見たら、すぐに会社に向かっていたので、今日もちょっとだけしか時間に余裕はなかった。

「おはよう」

笑いかけてみても、マネキンには野良猫に話すのより遥かに不毛だった。
ふと、視線を落とすと、昨日僕が置いて行ったコーヒーの缶が目に入った。それが少しだけ違和感のある物だったのだ。僕が置いたのはコンクリートの塀の上だったのに、その缶はマネキンの足元にあった。風や何かで落ちたにしても、缶は直立していたので違和感がある。
僕は首をひねって、その缶を持ってみた。僕の飲み残したコーヒーは、その缶の中から無くなっていた。周りを見ても溢れた跡はない。
僕は少しだけ不安になった。
こんなごみ溜めに来るのは自分くらいで、周りは人気も少ない荒野が多いので誰にも見付からない場所だと思っていたのだ。もし誰かがマネキンに話しかけている僕を見ていたらどうしようと思った。
しかしそんな誰かがこの缶コーヒーをどうにかした、とも考えにくかった。誰がマネキンに話しかけるような男の飲みかけのコーヒーを飲んで、わざわざマネキンの足元に立たせて置くというのだろう。
そうなると、後の候補は二つだ。
誰かが、マネキンに対してとっている僕の行動を嘲り、マネキンが飲んだように見せようとしたか、本当にマネキンが飲んだかだ。
自分でもそんな仮説を立てている事に、少し危なさを感じたが、見れば見るほどマネキンは生きているように思えてしまう僕には当たり前の発想かもしれない。
僕は塀の向こうを覗き、周りをキョロキョロと見てからマネキンに向き直った。

「君が飲んだの?」

マネキンは返事をしなかった。

その日は1日中マネキンの事が頭を離れなかった。電車の中でも、大事な会議の間も、昼休みの定食屋でも僕はずっとマネキンの事を考えていた。
もし、マネキンが生きていたら?
そんな事を考えるなんて、自分がいよいよ危険だとも思ったが、その考えを振り切れずにいた。
もし、本当にマネキンが生きていたとしたら?寂しい僕の一番大切な時間を共有してくれるあのマネキンが生きていたとしたら、その瞬間にあのマネキンは僕の親友だった。
僕は親友にあのワンピースより似合う服を着せてあげたかった。でもそんな物を僕が買いに行ったら、店員の目にはどのように見えるだろうか。
僕はずっと悩んでいたが、帰りの電車はいつもと別のに乗り、ついに繁華街へと出掛けた。デパートに入るともう閉まりかけているのか、客は少なかった。
女物の服など買った事のない僕は、売り場に着いても戸惑ってしまった。人見知りな性格の為、何かお探しですか?と優しく話し掛けてくれた店員に対して、意味のない唸り声を出してしまった。困った僕はショーウィンドウの中に立っていたマネキンを指差した。マネキンらしい偽物感があり、僕の親友とは比べ物にならなかったが、着ている服は素敵だった。

「あのマネキンが着ているのを、全部ください」

店員は少し驚いていたが、喜んで全て袋に詰めてレジに立った。僕は恋人も仕送りする両親も趣味も無く、物欲もほとんどなかったので、お金だけはかなりの蓄えがあった。
カードで支払った衣類と靴を抱え、僕は帰路についた。期待に足が早くなり、ごみ捨て場に着いた時には少し息が切れていた。ごみ捨て場の外にある自動販売機で僕は立ち止まり、缶コーヒーを買った。ブラックと微糖とミルク入りの三種類と買った服を手に、僕はマネキンの前に立った。

「こんばんは」

僕はマネキンに微笑んだ。マネキンはいつもと同じ方をじっと見ていた。
僕は缶コーヒーをそばに置いて、早速マネキンの着替えに取り掛かろうとした。
しかしその時、男の声がして僕は慌てて隠れた。その声は塀の外ではなく一番近くの工場の中から聞こえたのだ。男は複数いるらしく、聞き取れないが会話をしていた。
ごみのマネキンに新品の服を着せているところを見られたら、なんて想像するとあまりに恥ずかしい。僕はかさばって、しかも白い故に街灯でも目立ち過ぎる服の入った紙袋をごみ山の後ろに隠し、腰を低くしてマネキンの横から抜け出し、門まで走った。
幸い、工場内にいた人間は僕に気付かず、僕は難なく外に出る事ができた。
僕は工場外に隠れてしばらく待っていたが、男達は一向に出て来ず、ついに僕は諦めた。楽しみにしていたが、あの服は明日着せよう。
僕は全てをそのままに家に帰った。
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カレーの味



written by ois







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