14-1.


 ぱち、と目を開けて瞼を擦ると、ぼやけていた視界と頭の中が少しずつ、ほんとうにゆっくりとクリアになっていくのがわかる。視線を横に向ければ、カーテン越しの外が明るくて「朝かあ……」と、わかりきっていることをわざわざ声に出して唱えてしまった。
 寝ていたのに眠っていないような、横になっていたけれどどこかふよふよしているような、そんな不思議な心地だった。つまるところ睡眠の質はすこぶる悪かったのだけど、それなのに気持ちが重たくないのは、昨晩の一件でずっと心の中に秘めていた懸念が全て解消されたからだろう。
 私の心の中に生まれ、育っていたみっちゃんへの気持ち。一緒に暮らす期間が終わってひとりになったあとで、時間をかけてゆっくり消していくつもりだった想いは、すこぶるヘビーなあるきっかけを経て吐き出すに至っていた。
 抱きしめていいかとものすごい勢いで問われて、圧されるがままに頷いた。子どもみたいにぽかぽかしているみっちゃんの体温を感じながら、この温もりを素直に受け入れていいのだと認めたらぼろぼろになって泣いてしまった。
 そのあと、彼が切羽詰まった様子でキスをしたいと伝えてくれたこと、施されたそれが些か長めで濃厚だったことを思い出し、両手で顔を覆いながらベッドの上でジタバタする。
 息を整えながらなんとか体を起こし、私とみっちゃんの部屋を隔てている壁をじっと見つめる。
 夜のあれが夢ではないのだとしたら、どんな風に顔を合わせるのが正解なのだろう。そんなどうしようもない、しかし私にとっては切実な悩みに腕を組み、しばらく考え込む。
 しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。意を決してベッドから這い出て、いつもより少しだけ気を使いながら自室のドアを開けて廊下へ出ると、家の中に自分以外の気配が無いことに気づく。ということはつまり、みっちゃんはいつもの如く朝のジョギングに出ているに違いない。
 あからさまにほっとしながら胸を撫で下ろし、盛大なあくびをしてから洗面所へと向かう。鏡にうつった私の顔は普段よりも浮腫んでいて、いつも以上にぼんやりしていることに思わず顔を顰めてしまった。とはいえ、それは昨日あれだけべしゃべしゃに泣いてしまったことが原因であるのはわかりきっている。
 もうどうしようもないことだと割り切り、せめて寝ぼけた頭と目をシャッキリさせるべく、冷たい水でバシャバシャと顔を洗った。濡れた顔を拭ってから、朝用の化粧水と美容液、乳液とクリームを塗り込む。それから一心不乱に歯磨きをしていると、ようやく昨日の夜から呆けっぱなしの頭が冴えてくるのを感じた。

「よう、起きたか? ねぼすけ」

 背後からかけられた声と、頭の上に置かれた手のひらのぬくもり。大袈裟に肩を揺らした私の後ろにはTシャツ姿のみっちゃんがいて、彼の首筋を流れる汗を見てやはり朝のジョギングに出ていたのだと悟る。
 いつもと変わらず、自分のペースを崩さない彼の様子を羨ましく、そしてほんの少しだけ悔しく思いながら「おはよう」と返事をする。

「走ってきたの?」
「おう、ぜんっぜん眠れなくてよ、もう走るしかねー! って感じで」

 そっか、と返してから、見つめあったまま謎の沈黙が流れる。どことなく今までとは違う、ぎくしゃくした雰囲気にどうしたらいいのかわからず、つい視線を下げてしまう。シャワーを浴びるであろうみっちゃんに洗面所を譲るのを言い訳にして、さっとその横を通り抜けてしまおう。

「あーっと、ここ使うよね! 私いま出るから」
「おい」
「は、はいっ!」
「おまえめちゃくちゃわかりやすいのな、意識してんの丸わかり」

 そう言いながら目を細め、得意げに歯を見せて笑ったみっちゃんは「まだ行くなよ」と続けてから私の額をつん、と軽めに小突いた。うわ! と驚いた声を上げながらぎゅっと目を閉じた私の手首を引っ掴んだ彼は、そのままうがいをし始める。
 えっと、なんで私は手を掴まれたままなんですか? っていうかどんな状況ですか、これは。
 うがいを終えた彼は、首に掛けたままのタオルで口元と顔回りの汗をまとめて荒っぽく拭うと、じっと私を見下ろしたままジリジリと壁際に追い詰めてくる。とん、と壁に背中があたって、思わず息をのんでしまった。

「なんで目ぇ逸らすんだよ」
「そ、そんなの、昨日の今日ではずかしいからに決まってるでしょ」

 もういいや、と正直に白状する。
 手首を掴まれたまま、みっちゃんに壁へ追いやられている状況は刺激が強すぎる。おまけに脚と脚が絡まるように当たっているし、壁に手をついている彼に上から見下ろされていると否応にも心臓の鼓動が速くなる。
 数時間前までは一切考えられなかったありえない距離感に、恥ずかしさが振り切れて魂が頭の天辺から抜けていきそうだ。

「オレはおまえのカレシで、おまえはオレのカノジョだろ」
「わかってるけど……っ、もう! 近いってば!」
「却下、つーか慣れろ。オレはこれから容赦なくおまえのことガンガン触るんだぜ?」

 みっちゃんの発したセリフの衝撃と、その破壊力によって周回遅れでやってきた羞恥心。爆発にも似たそれを自分の中に留めて置けることなど出来るわけもなく、私は咄嗟に彼の胸を押しながら「な、ば、バカなの!?」とひっくり返りそうな声で叫んでいた。

「心臓破裂しちゃう……」

 泣きそうになりながら独り言のようにこぼし、惜しげもなく放出されているみっちゃんの色気に当てられた私は堪えきれずに両手で顔を覆って下を向く。
 一応、お互いが同じ気持ちであることは確認済みであるけれど、それにしたって数時間前の今でここまでガンガン来られる覚悟なんて出来ているわけがない。
 そんな私の頬を両手で挟んだみっちゃんは、無理矢理に私の顔を上に向かせる。何故か眉間にシワを寄せ、険しい表情でこちらを見下ろしている彼が、突き出すようにきゅっと尖らせた唇を開いた。

「ったくよ、ハラ立つほどかわいいヤツだな」

 その低い声にぞくりとして、思わず身をすくめてしまう。頭頂部に降りてきたそれはみっちゃんの唇で、それを皮切りに降ってきたのはキスの雨だった。
 頭頂部から額へ、こめかみ、耳、目尻、鼻の頭、頬へと施された口付けに、動揺した身体は金縛りにでもあったみたいに硬直して動かない。
 そのくせ、キスを落とされるたびにびくり、と反応してしまうことが心の底から恥ずかしくて、彼の胸に手を添えながら「ちょっと、なにして……!」と声を発した瞬間、黙れとでも言われるかのように言葉ごと唇を塞がれた。
 腕を引っ掴んだり壁際に押し付けたり、それまでの行動はとても力任せで乱暴なのに、降ってくるキスはすべてが優しかった。
 ぱくり、と唇を食まれて、思わず口を開いたら舌で唇をなぞられる。掴まれていない方の手でみっちゃんのTシャツをぎゅう、と掴むと、彼の口が笑うように歪むのを視界の端で捉えた。
 ぺろり、と私の唇をなめた彼の舌が、歯列を確認するように舌先でつついてくる。歯磨きしたばっかりでよかった、と思う暇もなく、流されるように意識ごと持っていかれるようなキスが続く。
 息が荒くなっていくのは、呼吸が出来なくて苦しいから、という理由だけではない。悔しいけれど、認めざるを得ないほどにその行為がきもちよくてしあわせで、彼の猛る感情に流されるように意識が引きずられていく。
 脚の力が抜けて、膝から崩れそうになった瞬間、脚の間に彼の膝を差し込まれていたことにようやく気がついて顔面の熱が何度か一気に上がった気がした。
 もうむり、の気持ちを込めて、弱々しい力でみっちゃんの胸をとんとん、と叩く。すると彼は、ようやく私をキスの雨から解放してくれた。

「……おい、なんつーカオしてんだよ」
「え、変な顔してた……? あっ、目が腫れてるのは昨日泣いたからで」
「ちげーよ、めちゃくちゃ色っぽい顔しやがって。ふざけんなよ」

 こちとら週末までおあずけだってのに、とごちるようにボソボソ言うみっちゃん。ふたたび唇を尖らせて眉間にシワを寄せる彼の表情を見上げながら、まだ熱っぽい頭に浮かんだ言葉はただひとつ。
 私がこうなってるのは、思いっきりあなたのせいなんですけど!?

「な……! そういうキスしてきたのはみっちゃんでしょ!?」
「うっせ!」

 自分からしてきたくせに、照れたように腕で口元を隠したみっちゃんは、開いた方の手で私の額をぺちん、と軽く弾くと「シャワー浴びる」と言って私を脱衣所から追い出した。まったく、なんちゅう男だ。
 脱衣所の中で、たった数秒前に自分の身に起こった爽やかな朝にはそぐわない濃厚なやりとり。それを思い出したらふたたび呆けてしまいそうだったので、慌てて振り払うようにぶるぶると首を振り、手をぱたぱたさせて頭の上にぽわぽわと浮いている浮かれた空気を蹴散らす。
 そんな感じで始まった、いつもと変わらない平日の朝。変わったことは、ルームシェアが同棲になって、ルームシェアの相手が彼氏になったということ。

「ついていけないってば……」

 そうこぼすのとほぼ同時に、浴室からのシャワー音が耳に届いた。


 ***


「ちょっと名前、あんたなんて顔してんの」

 パチン! と何かが弾けるような音と、続けられた「間抜け200パーセント増しになってるわよ」というセリフ。
 頬杖をついていた私は「へっ!?」と声をあげ、半開きになっていた目を開けてしぱしぱと瞬きをしてみせる。弾けたような小さくて短い音は、どうやら目の前にいる千夜子が手を叩いた音だったようだ。

「心ここにあらずにもほどってもんがあんでしょうに」

 呆れ返った様子の千夜子に「ご、ごめんね……?」と手を合わせて謝れば、彼女はぷっと吹き出すように笑った。

「ちょっとからかっただけ。……で、例のみっちゃんと何があったの?」

 口をぱくぱくさせて声を発せずにいる私を見遣りながら、千夜子が「わかってるに決まってるでしょ」と目を細め、口の端を吊り上げながら言う。
 ほとんど半身のような彼女に、現状を伝えておきたいと思った矢先、それを見越したかのように「週末、どっかでお茶しない?」という連絡が届いたのだ。
 自宅最寄り駅前のカフェは、二人でルームシェアをしていた頃からお気に入りの場所だった。休日の日曜日、十五時過ぎのこの時間帯はいささか人の入りもよく、ほとんどの席が埋まっている。

「……なんでわかるの?」
「あたしが見たことないぐらいに名前がかわいく見えるから」
「え、なんもしてないよ? 化粧だって別に……」
「そうじゃなくて、なんか纏う雰囲気がかわいくなってんの」

 なんと返していいのかわからず、手持ち無沙汰になった私は目の前に置いてあるアイスコーヒーをストローでかき混ぜる。中に入っている氷がカラン、と音を立て、コップ周りに付着した水滴がそれを伝ってコースターに沁みていく。
 みっちゃんの気持ちを伝えられて、自分の気持ちを伝えたあの日から数日。次の日の朝に交わしたキスから、なんとなくふとした瞬間にそんな時間と甘ったるい雰囲気がたびたび訪れるようになっていた。
 みっちゃんから施されるキスは軽いものから始まって、挨拶程度に終わる時もあれば、そのまま深くなっていってしまう時まであったりする。そして、その度に脳みそと身体の芯がまとめてとろけそうになってしまうのだ。
 だけど、みっちゃんは「まだ我慢する」と言った通り、キスやハグ以上のことをしてこない。昨日はついに服の上から腰を撫でられてしまったけれど、私が思わずびくりと身体を揺らしたことにハッとした彼は「……しょーがねーだろ、これでもガマンしてんだよ」と言い訳をしつつ、それでも強引に事を進めてくるようなことはしない。
 みっちゃんが所属している湘南ソルバーンズは、昨日からホーム二連戦に臨んでいる。そして今日はその二日目。つまり、彼の示した「それがおわったら」は今日なのである。

「……その、付き合うことになりまして」
「そりゃそうでしょうよ。……で、どこまでいったの?」
「ど、どこまでって、なんにも……てわけじゃ無いけど、そういうのはまだ……です」
「へーえ、我慢してんのねえ、あの男」

 勝手に手出すの早そうなイメージ持っててごめんって感じ、とこの場にいない人間に対して失礼な印象を述べた千夜子に「私もそう思ってた」の意を込めてこくんと頷いてしまった。ごめんね、みっちゃん。
 しかし、彼はあの時自分で言った通り、決めた期限の前にキス以上の行為をしてこようとはしない。昨日身体を撫でられたのだって、盛り上がってしまったから「つい」とか「思わず」動かしてしまった、に近かったと思う。そして、彼は流されることなくそこでピタリと手を止めてくれたのだ。正直、私の方が「してもいいのに」と思ってしまったぐらいだった。

「名前が知らない人とルームシェアするって聞いた時はすんごい不安だったけど、あんたたち見てると運命ってヤツはホントにあるんだなって思わされる」

 千夜子の発した「運命」という単語が、目の前で瞬き閃いて弾けた。
 みっちゃんとルームシェアを始めた頃、それ以前に千夜子が入籍に伴って部屋を出ると聞かされた頃から、自分の身にこんな出会いが訪れるだなんて思ってもいなかった。ましてや、こんな状況になるなんて考えるとか予想する以前の話だ。

「あたしは名前とこういう話ができてうれしいし、そういう顔してる名前のこと見てるのすんごい楽しいから三井寿に感謝しなきゃだわ」

 千夜子の言葉に胸の奥がじんわりと熱くなって、思わず泣きそうになるのを目と唇に力を入れて堪える。すると、それを察した彼女が「あらー? 泣きそうになってんの? かーわい!」といたずらっぽく笑いながら私の頬を人差し指でつついてきた。
 実は今日の試合のあと、帰ってきたらそういうことをするって宣言されていることは、とてもじゃないが白状する勇気はない。
 それを思い出して顔を覆いながら「ううう……」と呻いたら、千夜子は珍しく動揺した様子で「ちょっと! ホントに泣いてんの!?」と焦りながら立ち上がった。
 私の脳内がうっすらピンクがかってしまっていることは、どうやらこの親友殿にもバレていないようだ。


 ***


「おい、かわいすぎんだろ……!」

 頭から熱いシャワーをかぶりながら、声を抑えて吐き出した。
 自分から試合が終わったら、とか言ったものの、とてもじゃないが我慢など出来る気がしない。手と額を壁に当てながら目を閉じて「落ち着け三井寿、そんでもって可及的速やかにおさまれ、オレ!」と頭の中で強く強く念じ、精神統一をはかりながら時間を掛けて深呼吸をする。
 そういうことをするのは、週末のホーム二連戦を終えてから。そう決めたのは自分だし、その意志を曲げないために名前本人にもハッキリとそう伝えた。──はずだったのに、こりゃなんてザマだ。
 昨日の今日、というか数時間後でもうこれかよ。
 自分が名前に対して募らせていた想いは、既にこじらせる程のレベルに達していたのだということにようやく気がつく。
 そりゃもちろん、この気持ちを自覚してから触れたいとか、そういう欲求が湧いていることには気づいていた。けれど、そういう関係ではないし、ましてや彼女の方から向けられている矢印なんかには全く気づいていなかったので、そんな不埒な感情を蹴散らすのは容易だった。
 けれどそれを受け入れられ、尚且つ両思いであると確認し合ってしまった今、暴走しそうになる本能の部分にストップをかけることは想像以上に難儀だった。
 頭を撫でること、手を握ること。今までなんの気なしにやってしまったそんな行動にも愛しい気持ちが乗ってしまう。抱きしめてキスをして、少し触れたらもっとその先に、とエンジンが掛かって、息を切らしながら悩ましげに眉を顰める彼女の表情にようやく我に返る。
 深めの身体的接触をなんとか堪える蜜月真っ只中の平日が数日続いたことによって、自業自得ではあるが結構なおあずけ状態に陥っていた。

「……さっきからなんなんだよ、言いたいことあんなら言えよ」

 いつものホームアリーナ、いつものロッカールーム。
 腰を下ろし、悶々とする感情をなんとか試合への爆発に昇華する為、目を閉じて深呼吸をしていたオレは、斜め前から向けられている不躾な視線の方向へと睨みを利かせた。

「いんや、別になんもねっス」
「じゃあなんだ!? 思いっきりなんかあるツラだろーがよ!」

 ハア、と息を吐き出して「やれやれ」とでも言うように手のひらを上に向けながら目を閉じ、ゆるく首を振ったのはチームメイトである宮城だ。

「うれしい方の進展あったんでしょ、はいはいよかったねオメデトーゴザイマス」
「雑すぎんだろ! もっとこう……はあ、まあいいわ。あんがとな」
「でもさ、なんでそんなフラストレーション溜まったような顔してんの?」
「文字通り溜まってっからだよ」
「……下ネタ?」
「おう」

 そう正直に肯定すれば、宮城は「マジかよ」と目を丸くしながらぽかんと口を開けてしまった。
 そして、いつの間にか気配も無く隣に座っていた深津が「中学生ピョン」と茶々を入れてきたので「うっせ! こちとらいい歳して片想い成就して浮かれてんの! ナメんなよ!」と語気荒めに返してやった。

「いやー、マジか……。オレはアンタのことだからその場でガッ! バッ! みたいにいっちゃったもんだと思ってたんスけど」
「そりゃそうしたかったし、つーか毎日そうしてえけどよ、なんかこう……そうじゃねえなって思って」

 とりあえず今日明日の試合終わるまでは、と名前に言ってある話をすると、宮城は見たこともない表情で口の端を引き攣らせた。深津はというと、膝の上で指を組んだまま、頷くこともせずにじっとこちらを見据えている。

「柄にもないことしてるピョン」
「……まあ、マジで好きだからな。とはいえ、ちゃんと試合に集中してえし」
「じゃあまあ、その溜まった云々は試合で爆発させてくださいよ」
「たりめーだろ、言われねーでもわかってンだよ」

 昨日は、アウェーで迎えたチームに接戦の末に惜敗を喫してしまった。さすがに、今日は勝たないと後味が悪いどころではないし、そもそもあと一ヶ月ほどでシーズンが終了するという状況で勝ち点を重ねられないのは痛すぎる。
 ヘッドコーチがロッカールームに現れ、始まった試合前のミーティング。
 集中すべく、コートへ向かう前の自分に喝を入れる為、宮城に「わりーけど、オレの背中叩いてくんね?」と乞うと、宮城はニヤリと笑いながらバシン! と強めに背中を叩いてくれた。その強い痛みに目が覚めて、腰のあたりでグッと拳を握る。次の瞬間、頼んでもいないのに宮城以上の力で思い切り背中を叩いてきたのは深津だった。

「……ってえな! なにしやがる!」
「キャプテンからの喝、ありがたく受け取ってほしいピョン」

 このヤロウ! と追いかけてやり返そうとしたが、深津はそれを軽く躱し、スタスタとオレの先を行ってしまった。

 ───

 チームは昨日の敗戦を覆し、見事にホームでの試合を勝利で終えた。
 ちなみにこれは余談だが、試合後に宮城が「三井さん、これ見てよ」と向けてきたスマートフォンの画面にはSNSが表示されていて「なんだよ」と返し、言われるがまま視線を滑らせると「なんか今日の三井選手色っぽかった」「これ撮った写真なんだけど、ミッチーいつもより更にギラギラしてない?」と撮影された写真が添えられていた。
 マジかよ、と思わず呟いたオレの横で、ぷっと吹き出した宮城がぽん、と軽くオレの背中を叩きながら「今日勝ててよかったスね」とどこか楽しそうに言うのだった。


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