若草の3
草の上に膝をつき深く頭を下げる凌牙を見下ろし、「もうだめだ」と遊馬は思った。 こんなのは凌牙ではない。
凛として気高くて、時折感じさせる脆さは彼の鋭さの裏返し。才能を持って生まれたことに驕らず、日々研鑚をつむその姿にあこがれた。不敵に笑う笑みが上を見詰める瞳がなによりも好きだった。
それなのに立場が逆転してからというもの、凌牙の態度は卑屈ですらある。
上に媚びるような男ではない。だからこそ、この態度は凌牙の拒絶なのだ。
遊馬を認めないからこその拒絶なのだ。
先ほど青く透き通る海色の瞳に見詰められ、心臓が跳ね上がるのがわかった。自分は凌牙の瞳を、こうして正面から見ていたいのだ。
見て、いたかったのだ。
目を伏せられるのは辛い。
傍にいて目をそらされるくらいなら、いっそ目の届かないところで遊馬の憧れたままの姿の凌牙でいて欲しい。
憧れ、なのだろうかこれは?
だからといって恋なのかと聞かれればやはり違う気もする。
傍にいたい、共に生きたい。だがそれは、本来の凌牙でなければ意味がない。
「もういい……父上には俺から頼むから、もう、俺の傍に仕えなくていい。」
きつく目を閉じて凌牙が立ち去るのを遊馬は待ったが、一向に人の気配は動かなかった。
痺れを切らした遊馬が目を開くと数歩離れたところに立つ凌牙の姿があった。うつむいたその表情はうかがい知れない。
「何してんだよ、早く帰れよ!もう行っちまってくれよ!」
たまらず遊馬は叫んだ。
と同時に凌牙の顔が上がり、遊馬は息を呑んだ。
これほどに恐ろしい凌牙の顔は本気の戦闘でしか見たことはない。
怒りとも違う、むしろ殺気すら帯びた瞳は、深い青であるのに熱を感じさせる。青い、静かな炎だ。
滑るような足運びで遊馬に近づくと、襟元を掴み力任せに強く押す。
立ち木に背中が当たった遊馬が苦しいのか低くうめくのが聞こえた。
凌牙は胸だけに収まらない、体中を暗く澱んだものが這い回るのを感じた。やがて形を持ったものが目の前の獲物を食い尽くそうとあふれ出す。
明確に拒絶された改めて理解した。
凌牙にとって遊馬は、天に輝く日輪のようなもの。遊馬のいない世界は暗闇でしかなく、その光なくして凌牙の世界は立ち行かぬのだ。それほどに遊馬を必要としているのだと、今理解した。
拒絶された事で、理解したのだ。
一家を継ぐものとして家族も家人も守らなければならない。だが、魂を失ったものには何も守れはしない。凌牙が凌牙として生きていくのに、遊馬は既に絶対に不可欠な存在となったのだ。
「それほどまでに俺を疎んじるか。」
激情のままに、遊馬を腕の中に抱き込む。暴れて逃れようとするのを背中に覆いかぶさるようにして押さえ、着物の合わせから手を差し入れ胸の突起をなぶると腕の中の身体が跳ねる。もう一方の手で袴紐を解きむき出しの足を付け根までたどった。
「いや!嫌だ!やめろ!」
「お前の命令など、きくと思うのか?」
遊馬が激しく抵抗するほどに、衣服は乱れて行く。正面から見たら、さぞ扇情的な格好になっているだろうなと凌牙は思い、次に初めて会ったときはこの姿より更に布の少ない着物であったなと思い出した。
遊馬は今の自分の姿に羞恥を感じているだろうし、乱れた姿に自分は劣情を掻き立てられる。
もう、戻れないのだと思う。
一度変わったものはもう元には戻らない。
「お前が俺を疎むのは、これだろう?男に抱かれた過去など忘れたいのだろう?だが……」
「ひぃっ!」
うなだれたままの遊馬の物を強く握ってやれば。悲鳴のような声が上がった。
「忘れるなど、許さん。いや、忘れることなどできないだろう?」
前をやわやわと揉みしだきながら、後ろに指をもぐりこませる。何度も抱いた身体なのだ、感じる場所はわかっているし、遊馬も凌牙の指を覚えているだろう。
形を変えていくものをこの上なく優しく育て、身体の内側をゆるゆると辿ってやれば、快感を追う本能の上回った身体からは抵抗する力が失せてくる。
それでも、「嫌だ」と力弱く繰り返す遊馬に、凌牙は囁いた。
「お前が、俺を殺そうとも、ただでは死なん。お前を、連れて行く。」
「嫌だ!」
明確な拒否に、頭に血の上った凌牙は、熱く柔らかな体内をほぐしていた指を引き抜くと、自身の物で遊馬の身体を貫いた。
「ひぃっあっあああ!」
抱かれることに慣れた身体は、血を流してはいない。だがそれでも、これほど性急な挿入をしたことはなかった。痛みと苦しさに髪を振り乱す遊馬を見下ろしながら、それでも拒絶される憎悪より愛しさが上なのだと凌牙は思った。
死を口にしながら、何故こんなにも優しいのか。
時々乱暴な行いはあっても、行為自体は遊馬の知る凌牙の優しさそのものだった。
ただ犯すのならば遊馬の身体を考える必要もなくただ傷つければいいのに。
突き入れられる質量の大きさに、痛みとそれ以上の息苦しさを感じたのはほんの少しの間。中に納められたものがゆっくりと動くのにしたがって、凌牙の手が遊馬の素肌を辿った。男なのに胸をいじられるのは最初はくすぐったかったが、今では凌牙の指先でしびれる様な快感を生むようになった。そして、股のものを擦られて気持ちよくない男なんていない。
「あっ…は、ぁあっ!………んぅっ!……」
やがてあふれ出す声は容赦なく遊馬の心を打ちのめした。
悔しい。
自分は確かに拒絶しているはずなのだ。
こんな一方的な行為など認めていない。
なのに、なのに身体は正直なのだ。
理性がどう思おうとも、凌牙の手で触れられることに、凌牙の存在を身体の奥に感じることに、どうしようもない喜びを見出している。
「やぁっ…ぁっ……ああっ」
立っていられずに膝から崩れ落ちると、密集した草が頬を擦り、遊馬は状況のおかしさに笑い出したくなった。
卑しい農民だと自分を思っていた頃は肌触りのよい凌牙の夜具でしかこんな行為をしたことはなかったのに、尊い身分となってから土と草の上で犯されるなどと。
「…りょう、がっ…凌牙ぁっ!」
昼日中、明るい草の上で、尻を突き出した格好で男を受け入れるなど、まるで獣のようだ。
それでもいいのに、獣になっても凌牙と二人ならそれでいいのに。
「んっ…あっ、ふっんんんんんっ!!!」
精を吐き出すそのとき、上がる声は袖口に吸わせた。身体の奥にどくどくと注がれるものを感じながら、遊馬は草の上に倒れた。
ずるりと抜けていく感触に身体が震えた。
荒い息を整える間、尻の間から溢れたものが、肌を伝って土に吸われていくのがわかる。
凌牙の、凌牙の命の雫だ。
自分にはこれを受け止めて芽吹かせる力はないけれど、それでもきっと、彼は遊馬の伴侶だったのだ。
何故、と思う。
自分が凌牙を疎んじているのだと、凌牙は言った。
そんな事思ったこともない。むしろ、疎んじているのは凌牙ではなかったのか?
「なんで……」
遊馬は問うた。
「何で死ぬなんて言うんだ、どうして、一緒に生きてくれないんだ。」
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はい、増えた増えた
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