ASCENT4
価値が、ないのだと。
そう思ったからこそ、遊馬はヤケになった。
彼にとって価値のあるような自分を手に入れようとして、デュエルを繰り返したところで、一朝一夕でどうにかなるものではなかった。
鉄男の心が離れて行くのを、どうしようもなく見送った。
苦しくて、でも、自分をどうコントロールしていいのかもわからなくて、見下ろすアストラルの視線が疎ましかった。
あの時、自分を突き動かしたのはなんだったのだろうか。
ただ、凌牙を犯罪者にしたくない一心だった。
見返りを望んではいなかった。
凌牙が味方してくれるのを期待したわけではなかった。
けれど――――。
彼が手を伸ばしてくれたから。
信じてくれたから、期待してしまう。
こんなのずるいと思うのに。
凌牙は居場所がなくて不良たちと共にいた。つまり、不良たちと関係を断ち切ったとしたら、凌牙の居場所は本当になくなってしまうのだ。
凌牙と向き合い、ただ彼を見つめるのが自分しか居ない事に、優越感と喜びを感じずにはいられない。相変わらず、凌牙の欲しがるような何も、遊馬は自分の中に見つけられないけれど、凌牙には選択肢がないのだ。
こんな状況でなければ、自分は凌牙の意味のある存在にはなれなかったのだろう。
同時に、これから凌牙の居場所が広がるにつれ、遊馬の存在は霞んでいくのだろうと思えた。
未来を思うと悲しくなる。
いずれ失うと決まっているのだから、これ以上近づいてはダメだと思う。
けれど、今だけならいいんじゃないだろうか?
彼の居場所が遊馬しかないなら、手を離したら裏切りだろう?
凌牙が自分の本当の居場所を見つけるまで、そばにいたい。
そばに、いたいんだ。
「どうした?」
訝しげな凌牙の問いに、笑ってごまかして、遊馬はパックを開けた。
モンスターカードに強いものはいなそうだった。
『遊馬・・・』
アストラルが指差す先のカードを手にとって、じっと見ていると、いつの間にか凌牙が隣にいた。
「これか?・・・お前のデッキなら使えるんじゃねーか。」
凌牙の言葉が決め手になり、魔法カードを一枚、遊馬はカードケースに入れた。
アストラルの助言があったとはいえ、凌牙と共に選んだカードが嬉しくて、遊馬は緩んでしまう頬を隠すことができなかった。
「そのカードなら、上位が家にあるから、欲しいならやるぜ?暇なら来いよ。」
凌牙の申し出は、寝耳に水、青天の霹靂あるいは・・・。
棚からボタモチ?
「いいのか?!」
食らいつくように身を乗り出した遊馬に、「そんなにカード欲しいのか」と凌牙は呆れたように言った。
遊馬に背を向けてバイクに乗ると、前に詰めてシートとの間に隙間を作る。
「乗れ。」
「え?でも・・・」
そこに?
凌牙のバイクは両脇がそれほど広いわけでもないし、身体の両脇に足を入れてもシートとの間に身体を入れても、どちらにしてもものすごい密着する事になる。
恐る恐る、彼の服を土足で汚さないように乗ると、思ったとおりギリギリの隙間だった。
もぞもぞと座りのいい位置を定めていた遊馬が動かなくなると、前ぶれもなくバイクが走り出す。
「大人しくしてろよ、見つかると面倒だからな。」
凌牙の言うとおり、二人乗り用でないこのバイクで学生が乗ってたら、警察に見つかって悪くすれば自宅に連絡が行ってしまう。それは確かに面倒だった。
遊馬は神妙に頷くと、凌牙の背中にくっつくように小さくなった。
凌牙の背中は、思ったよりも温かくて、どこに置いていいか解らなかった手は、軽く握って背中に押し付けている。
本当なら、もっとぴったりくっついて身体を縮めたほうがいいのだろうが、遊馬にはできなかった。
これ以上近づいたら、この、早鐘を打つ心臓の音が、凌牙に伝わってしまいそうだったからだ。
憧れの人、だと思ってた。
凌牙の学校での評判は決してよくなかったし、シャークなどと恐ろしげなあだ名で呼ばれていて、無邪気無鉄砲が売りの遊馬でも、あえてデュエルの相手に選びたい人物ではなかった。
だからと言って、凌牙のデュエルの腕を認めなかったわけではない。
残酷なほど鮮やかなデュエル。
そんなデュエルをするやつなんて、学校にも、町のどのデュエルスペースにもいない。
だから、デッキを賭けていた事を除けば、凌牙とのデュエルは本当に楽しかったのだ。
憧れの、友人になるには遠い存在の、そんな人だと思っていたから。
思っていたけれど、本当は少し違ったのかもしれない。
心臓が、壊れそうだ。
ゼロ距離で感じる胸の高鳴りは、今まで知らなかったもの。
『俺、シャークの事が好きなんだ。』
好かれたい、近づきたい、君のことが知りたい。
今、凌牙の背中の体温を知り、忘れないように記憶に留めようとする自分がいた。
こんな、『好き』の形は知らない。
next
凌遊初ニケツはいつなのか?
凌牙の部屋の間取りはどうなのか?
色々と考察語りの盛り上がったところでありました。
(111115)
back