ASCENT5


 意外に近いところにその家はあった。
 薄暗い証明に照らされたガレージにバイクが吸い込まれてから、この家がそうだったのだとわかったので、どんな家だったのかと聞かれたら、思い出せないだろうと遊馬は思った。
 薄暗いガレージから、促されるままに室内に入る。
 照明をつけないまま案内される見知らぬ家の中は、迷路のようにとらえどころがない。廊下を歩いて、階段を登ったくらいしか遊馬の記憶には残らなかった。
「入れよ。」
 やがてたどり着いた一室で、まず目に飛び込んできたのは、ベッドの向こうに広がる熱帯の海。胸の辺りから天井近くまで壁の半分ほどを占める埋め込みのアクアリウムだった。
 照明の落された室内。
 南面の足元まである窓から入る光が室内を照らすと言っても、家具や壁の隙間に落ちる深い影を消しようもない。アクアリウムから溢れる青い光がチラチラと影を照らし、幻想的、というよりも胸の辺りをかきむしりたい様な、どうしようもない焦燥感を感じさせた。
「こっちだ」
 立ち尽くす遊馬を、凌牙の声が現実に引き戻した。
 窓の反対、暗くくすんだ壁面にシンプルなデスクがあり、その横にしつらえられた遊馬の身長よりも大きく無骨なラック一面に、プラスチックケースが無数に並べられていた。凌牙はその前で一瞬考えるようなしぐさを見せると、おもむろに一つを取り出し、ふたを開いた。一つが30センチほどの長さのあるケースはカードで埋まっていて、凌牙はそこから一枚のカードを取り出して遊馬に差し出した。
「これのほうが使えるだろ。」
「……」
「どうした?」
 ぼうっとしている遊馬に対して、これは今日二度目の質問だ。
「っすげぇ!!これ全部シャークのカードなのか?!」
 弾んだ声を上げて、遊馬はカードケースに飛びついた。
「見るか?」
「いいのか?!」
 凌牙はローソファに遊馬を座らせると、ケースを片端から持ってきて開いてくれた。
 ケースの中は魔法罠モンスターはもちろんのこと種族や傾向ごとに分類されていて、遊馬にも十分わかりやすい。
 遊馬はカードを片端から見ながら、デュエルに誠実なやつだとは思っていたが、マメな奴でもあったんだなと、凌牙に対する認識を書き換えた。
 うれしくて、楽しく遊馬は時間を忘れてカードを見た。
 しばらくそうしてカードを見ていた二人だったが、ぱさりと音がしてカードが床に散らばり凌牙は顔を上げた。
「遊馬?」
 問いかけに返事はない。
 凌牙はうつむいて陰になった遊馬の顔を覗き込んだ。
 寝ている。
 遊馬の座っているローソファは体が沈みこむ気持ちのいいもので、凌牙も時々転寝をしてしまう。
 だからといって、「気ぃ抜けすぎだろ……」凌牙は大きく息を吐いた。
 警戒心もなければ緊張もしていないのか?
 流れで家に誘ったとは言え、凌牙の方は体中が無駄にこわばってしまって、遊馬に不自然さを気付かれないかと気が気ではなかったのに。
「遊馬……」
 声をかけながら、軽く肩を揺さぶった。
 ああ、とかうん、とか言うような声を上げたものの、起きる気配はないようだ。
 肩を掴んだ手をそのまま首に滑らせた、頭を傾けて寝ているせいで開いた襟元から大きく首筋が覗く。
 ほんの少ししっとりとした肌触りに、凌牙は背筋がざわめくのを感じた。
 指先を更に上滑らせ顎と頬を掴むように上向かせた。
 薄く開いた唇が呼吸に合わせ動くと、隙間から覗く赤い舌がつやつやと傾いた日差しを弾いた。
「こんな所で寝るなんて、どうかしてるぜ。」
 仲間として懐に入れたなら、無条件で信頼する遊馬には思いもよらないのだろう。
 奪い取りたい、などという衝動は。
 遊馬は仲間だと言ったが、凌牙は遊馬の仲間になりたいなどと思ったことはない。
 それどころか、校内で見かけても声をかけるどころか近づきもしない。
 理由は簡単だ。
 近づけば、奪わずにはいられない。
 心も、その存在の全ても。
「どうかしてる。」
 どうかしているのは自分だ。
 そう凌牙は自覚したまま、遊馬の唇に自分の唇を重ねた。
 薄い唇は熱く、そして柔らかだった。
 こんなことをするのは最初で最後だと凌牙は思った。
 これ以上近づけば、奪いつくさずにはいられないから……。
 そっと唇を離してもう一度遊馬の顔を見下ろしたところで、凌牙は自分でも情けないと思うくらいビクリと身体を揺らし、こぼれるほどに目を見開いた。
 赤い、色が目の前に広がっていた。
 透明感のある、深い柘榴の色。
 驚きと戸惑いを含んだ眼差しで、遊馬が見上げていた。
「しゃーく…?」
 かすれた声で凌牙を呼ぶ声に、凌牙はたまらず身を引いて顔をそらせた。
 気付かれてしまっただろう。
 気付かれて、軽蔑されるだろうか、そして、何も得ることなく失うのだ。
 この、無自覚な太陽を。
 次の瞬間凌牙の身体を駆け抜けた衝動は、凌牙自身にもコントロールできないものだった。
 まだソファに横たわったままでいた遊馬の両肩を掴み体重をかけて押し付けると、再び、今度は噛み付くほどに激しいキスをする。驚きの声を上げようと開いた唇に舌をねじ込み、逃げることも忘れた遊馬の舌をきつく吸い上げた。
「っ…んんっ!……」
 くぐもったうめき声を上げて、遊馬は凌牙の服をきつく掴む。 
「抵抗しないのか?」
 思う存分咥内をなぶってから唇を離すと、遊馬の唇から溢れ喉へ伝う唾液が光を弾いて凌牙の目を引いた。
 服を掴むといっても引き剥がそうとももせず暴れもしない遊馬に、痺れを切らしたのは凌牙のほうだった。
 先日男二人から暴行を受けて、またこうして襲われかけているのに、何故抵抗しないのだ。
 仲間だからという理由は、お前の中でどこまで重いんだ?
 もう一度見下ろした遊馬の瞳は、相変わらず戸惑っているように見えた。
「お前は……どうしてそんなに無防備でいられるんだ……」
 凌牙の吐き出す言葉は、震えていた。
 駆け抜ける激情は怒りにも似ている。かみ締めた奥歯がギリと音を立てるのがわかった。
 その姿を見上げていた遊馬が、凌牙の服にしわをつくっていた手を放すと、うつむくように目を閉じた。
 手ひどく拒絶されたなら、まだ、止まることもできたのに。
 だから、これはお前が選んだ結果だ。
 責任転嫁だとはわかっている。
 だが、自分では止められないし、今更とまることなどできない、そう凌牙は思った。






久々に書いたらひどく難産でした。
次から待望のエッチィシーンだヽ(゚∀゚)ノワーイ
(120825)


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