ASCENT3
デュエルをしないとなると、放課後の時間はつぶすのに長すぎた。
本を読むなり勉強するなり、人によっては色々やりようもあるだろうが、デュエル一直線の遊馬には、他に何かと言われても、とっさに思いつくものもない。
遊馬は放課後大体日が暮れる頃に家に帰るものだから、こんなに早く帰ったら逆に心配されて煩く問い詰められそうだ。
仕方なく無意味にふらふらとショッピングモールのあたりを歩いていると、見覚えのあるバイクを見つけた。
ドキリと心臓が跳ね上がるのがわかる。
バイクの停まっていた店を見て、ああと納得する。
デュエルを禁止されている遊馬には無縁だったが、デュエリストなら定期的に通うだろう店、カードショップだった。
一度はデュエルを辞めたのだと言った凌牙が、カードを買いに来てるのだと知ることができ、嬉しさに遊馬の頬が自然と緩む。
『入らないのか、遊馬?』
背後から遊馬にしか聞こえない声、アストラルの声が聞こえた。
「入っても、買えねぇし。」
ただでさえデュエルをしているのを隠すのに精一杯の遊馬がカードを買い始めたら、小遣いの金の流れから姉にすぐ気づかれてしまいそうだ。それに、未だ自分のデュエルを掴みきれていない遊馬には、数あるパックのうちどれを買うか、単体のカードを買うにしてもどれを買えばいいのか、悩むばかりで選べないのだ。
チラリと背後を見れば、デュエリストの顔をして、ショーケースを見つめるアストラルの横顔が見える。
父親の形見のデッキに入れるカードを相談するのに、未だ抵抗のある存在であった。
ふぅ、とため息をついて視線を落とした遊馬の背後からもう一度声がかかる。
「入らねぇのか?」
「だからぁ!・・・え、シャークっ?!」
アストラルだと思って振り返った先に、制服姿の凌牙が立っていて、遊馬は一瞬頭が真っ白になった。
「・・・入らねぇのかよ?カード買いに来たんだろ?」
「俺は、いいよ、あの、俺本当は姉ちゃんからデュエル禁止されてて・・・買ったらばれちゃうし。」
視線をさまよわせながら、遊馬は答えた。
学校でデュエルが好きでプレイしているだけの生徒達とは違う。
凌牙の中には、ピンと張った、デュエリストとしての彼を支えるものが確かにあり、鬱々としたものから開放された凌牙を内側から輝かせている。
本当に、見惚れるほどに、カッコイイと思う。
カードも好きに買えない、何を買っていいかわからないなんて、自分がデュエリストとして半端なんだと言っているようで、凌牙の前では恥ずかしかった。
「そうか。」
遊馬の葛藤を知ってか知らずか、凌牙はたった今買ってきたばかりのパックを半分遊馬に放った。
「え?!これ?」
「開けろよ。欲しいのがあれば持っていっていいぜ。」
「ホントに?!」
かっこつけたい年頃でも、所詮はデュエルにどっぷりハマった中学生。
今までの葛藤も全てかなぐり捨てて、手の中のパックにキラキラした目線を落とした。
何が出てくるのだろうか?
シリーズごとに出てくるカードは解っているが、それでも封を切るこの瞬間のドキドキは何度でも変わらなかった。
ドキドキは、好きの印。
出てくるカードが、欲しいものかそうでないのか、解らないから楽しくて、ドキドキする。
封を切ろうとして、遊馬は躊躇した。
今遊馬が臨むのはリスクのない賭けだった。
懐の痛まない、リスクのない賭け。
失いたくなかったものは何?
『凌牙』最高のデュエリストで憧れの人。大切な人。大好きな人。
欲しかったものは何?
取り戻したかった、もし自分が奪ってしまったと言うのなら、彼の、『居場所』を。
この恐怖はどこからくるの?
恐怖は、恐怖は遊馬の思っていたものとは違っていた。
身体を震わせる恐怖、乱暴された記憶から来るものだと信じていた。
凌牙は不良たちと一緒にいるのだから、一度失敗したなら、また不良たちのたまり場に行かなければいけない。
だから怖かったんだ。
そう思っていた。この心が明るく照らされるまでは。
全てが終わって初めて自覚したのだ。
本当の恐怖、それは、『彼にとって、自分が価値のない存在であること』
追いかけて、追いかけて、そうしてデュエルしてもらった。
賭けたのは両親の形見の鍵で、凌牙は、鍵、というよりも、ナンバーズを破るためにデュエルを受けてくれた。
負けるかもしれないと思ったとき。
わきあがった恐怖の正体を、今なら理解できる。
今この時、凌牙はデュエルを受けてくれたが、次はどうだろうか?
次に遊馬が凌牙の前に立ったとして、自分の中に、凌牙の人生を賭けるほどの価値あるものがあるだろうか?
ない、ように思えた。
遊馬が大切に思う何を差し出したとして、凌牙にとって価値ある物でなければ賭けは成立しない。
何度敗れても何度でも挑戦すればいいと思っていたのは、なるほど、賭けて失うものがなかったからなのだ。
負けて失うものがなかったからだ。
価値あるものを一つ一つ剥ぎ取られていけば、最後に残るのは何なのだろう?
まして、彼にとって価値あるものを思いつけないこの状況で。
夕暮れの中、迷うほどに凌牙の顔に落ちる影が深くなる気がした。
あの時、埠頭でのデュエルに遊馬には二つの選択肢が残されていた。
ナンバーズを使わずに負けるか、ナンバーズを使って勝つか。
ナンバーズを使わなければ敗北し、皇の鍵を失う。ナンバーズを使う再戦を申し込めたかも知れないが、それでも鍵は失われる。ナンバーズを使えば、凌牙に勝て鍵を失わず、最も知りたくなかった事を、知らずにいられた。
だから遊馬はナンバーズを使った。
結果は完膚なきまでの敗北で、凌牙は遊馬の鍵を「壊す価値もない」と言い捨てた。
価値が、ないのだ。
凌牙にとっては、遊馬の存在に価値はない。
価値が、ないのだ。
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ぐちゃぐちゃになった遊馬の心が整理されていく回でした。
2だけじゃ意味がわからないので急いでUP
(111110)
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