武士シャークで突発書きした武家パラレルです。
後編は18禁仕様となります。


若草の 前編



「若君!」
 茂る木々の間を縫ってよく通る声が聞こえた。
 いい声だと思う。
 その声で自分の名前を呼ばれると思わず笑顔になってしまうほど好きだった。
「お待ち下さい若君!」
 もう一度、今度は怒気を含んだ声が響いた。苛立ちを抱えているのはこっちも同じだと遊馬は思いながら振り返らずに叫ぶ。
「来るな!供は要らん!」
 だが、背後から聞こえる葉音が、変わらず彼が付いてきているのだと告げていた。
 なんでこんなことになってしまったんだろうか?
 遊馬は丁寧な織りの着物の袖で溢れてくる涙をぬぐった。
 始まりはよく覚えている。
 身分が存在するといっても政情の落ち着かないご時勢。
 それなりの働きをすれば農民から武士へ取り立てられるということもよくあった。
 いつか自分も、と夢を持っていた遊馬は、裏山で一人剣の稽古をしていた。
 見よう見まね、持ち主は死んだのだろうか、打ち捨てられていた刃こぼれをした剣をそっとしまって、ことあるごとに振るっていた。
 武士になりたいなどと家族に言ったら叱られるだろうからこっそりと。
 鉄の塊である剣はとても重たくて、思い通りに振るうことも出来ずむしろ剣に振り回されているような格好だった。
 でもいつか大人になったら。
 その夢は捨てないでいようと思いながら剣を振るった。
 凌牙との出会いはそんな日常を一変させた。
 年の近い凌牙は血統正しい武家の家柄で、最初は遊馬の挑戦を馬鹿にもしたし、諦めろと一言の元に切り捨てもした。だが、紆余曲折を経て、凌牙は遊馬の夢を支援してくれるようになったのだ。
 武家といえば一般の衆民と違い教養人でもある。凌牙は文字を読んだこともない遊馬に丁寧に文字を教えてくれ、筆の持ち方も教えてくれた。軽めの短刀を使った剣の稽古にもつきあってくれた。
 身体を重ねた事は遊馬にとって驚きであったが、戦場では珍しくもないことなのだろう。凌牙の事は好きだったし、行為に嫌悪感はなかった。それどころか気持ちよくさえあった。
 恋として好きなのだろうかと言われたらよくわからない。
 凌牙と比べられるほど好きな他人が他にいないからだ。
 遊馬は乾いた土が水を吸うように全てを吸収し、無からの始まりとは思えないほどに驚くほどに早く剣の腕も教養も身に着けていった。
 遊馬は一刻も早く凌牙に追いつきたかったのだ。
 漠然とした夢はいつしか、凌牙と対等になりたいという確固たる夢になっていた。
 そんな日の事だ、家に帰るとくすんだ木作りの家の中に、鮮やかな色彩の縫い取りの入った着物を着た男たちが何人もいた。明らかに武家の人間だと、それもかなりの家柄だとわかる男たちは遊馬に対して深く頭を下げて、「お迎えに参りました、若君。」と言ったのだ。
 遊馬の世界はもう一度くるりとひっくり返った。
 連れて行かれた大きな屋敷で、これまた華やかな衣装の女たちに薄汚れた着物を引き剥がされ、たっぷりのお湯で身を清められると、見たこともないような衣装を身に着けさせられた。
 皆が遊馬を「若君」と呼ぶ理由は、家に来た男たちが説明してくれた。
 曰く、遊馬の母に館の主が戯れに手をつけた結果生まれたのが遊馬だというのだ。無論そんな農村の小娘が生んだ子供になんの権利があるわけでもなく、小金を与えられただけで忘れ去られていた。だが、正当な世継ぎたちが流行り病で立て続けに死んだあととなっては残りの血筋は遊馬しかいなかったのだ。
 状況の変化がめまぐるしく、流されるだけだった遊馬には何を実感する余裕もなかったのだが、無教養と侮っていた遊馬の教養の高さとぎこちなさはあるものの洗練された立ち振る舞いに驚いた(生まれてはじめてみる)父がその理由を聞いたのだ。凌牙の名前を出すと父は驚き、そして凌牙とその父を館に呼び出した。
 そうして、遊馬は、初めて自分が今どうなってしまったかを自覚したのだ。
 一段高い上座に座る遊馬の父、その横に遊馬。幾人かの側近が両脇を固め、呼び出された男が対面する位置に座り深く頭を下げた。後ろに控える凌牙も同じように深く頭を下げている。
 つややかな髪が床に触れるほどに頭を下げる凌牙など、遊馬は見たこともなかった。
 一方遊馬は、凌牙親子の礼に対して頭を下げる必要もないのだ。
 いつか武士になりたいと願った。
 だがこんなことを望んだわけじゃない。
 望んだのはあくまでも凌牙と対等の存在になること。
 ゆっくりと顔を上げた凌牙の顔に表情はない、端正な顔立ちであるからこそ冷たい印象を与える凌牙の透き通った目が上げられ、壇上に座る遊馬の顔を見た瞬間こぼれるほどに大きく見開かれた。静まり返った広間に、息を吸う音が場違いなほど大きく響いた。
 遊馬の父は遊馬を見出し教育した凌牙を高く評価し、これからも遊馬の傍近くに仕えるようにと告げた。もったいない、と頭低く受け取る凌牙の父の横で、同じく頭を下げる凌牙の顔が、髪に隠される直前すっと青ざめるのを遊馬は見た。
 凌牙には不本意なことだろうと遊馬は思った。
 今まで農民の子だと思っていた遊馬がいきなり主君の子として目の前に現れたのだ。
 身体を重ね情を交わした相手だとは言え、凌牙にとっては下の者だったのだ。 
 凌牙に憎まれたかもしれない。
 だが、凌牙はどんなに遊馬を憎憎しく思おうとも、頭を下げるしかない。遊馬の父の命令を「ありがたく」と承るしかない。
 

 主君と家臣。

 これが、今の二人だった。



 そうして二人の関係はどうしようもなく壊れてしまったのだ。


 


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ゼアルすごかったですね!農民臭い下っ端遊馬からはじまって
家臣×若君の下克上凌遊妄想までマッハでした!
前後編ですが、余裕があったら長編にしてみたい気もします
(121104)


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