ASCENT2
放課後の校庭や、ロータリーはデュエルをする生徒たちで溢れている。
「遊馬!今日はデュエルやらねーのか!」
鉄男の声に「今日はやめておく」と返して遊馬は歩き始めた。
途中、空中歩道の上で立ち止まり、何気なく見下ろす。
Dゲイザーを通さずに見るデュエルは、どこか間が抜けているようにも思えた。
だが、勇ましくモンスターを召喚し、ダメージに顔をゆがめ、勝利に笑う、彼らにしか見えない真実がそこにあり、遊馬は今、あの世界に入れないような気がした。
ここ数日デュエルをしていない。
がむしゃらだった。
あの時は本当にがむしゃらだったのだと思う。
恐怖を押さえ込んで凌牙との再戦に臨んだ時も、3度目の戦いに赴いたときも。
何故、あんなにも、無我夢中になれたのか。
全て終わってみたら、なんだかぽっかり心に穴が開いた気がした。
鍵をかけた再戦の日、夕日に照らされた彼の色は全てが鮮やかさを失い曖昧に暗く沈んでいた。顔に深く刻まれた陰に、恐怖を感じないと言ったら嘘になる。
波に反射した光が、チラチラと表情の陰を照らす。
刻一刻と増す暗さの中で、彼の瞳だけが爛々と輝いているように見えた。
あきらめないのが遊馬の生き方なら、最後まであきらめず、それでも負けたなら再び挑戦すればよかったのだ。
けれど、もう一度戦う事を考えたとき、足元から這い上がるような恐怖が遊馬を締め付けた。
凌牙との再戦、その数日前、遊馬は二人の男に犯された。
凌牙の手で体液をぬぐわれたとは言え、体内には男たちの精液が残ったままで、家の前まで送ってくれた凌牙の手を離すと、転がり込むように玄関を上がり、トイレに駆け込んだ。胃の中のものを吐き出し、水流で身体の中を洗う。
身体にはまだ、ぬぐいきれなかった男たちの臭いが染み付いている。
怒りと心配と、そんなものを含んだ姉の声を無視して服を脱ぎ捨て風呂に入ると、赤くなるほど皮膚を擦り、陵辱の残滓を洗い流した。
けれど、洗い流せないものがある。
シャワーの音に隠れて、遊馬は泣いた。
『記憶』
洗い流せない記憶が、遊馬の身体を内側から苛む。
不良兄弟の目論見は成功したのだろう。
遊馬の足は、あのつぶれたゲームセンターへ向かおうとするとガタガタと振るえ、じわりと噴出す汗が、背筋を伝った。
それでも遊馬は不良たちに見つからないように、凌牙が現れるのを物陰で待った。
背を向けて駆け出した凌牙を追いかけて、追いついた人気のない埠頭で『何故?』と凌牙は問うた。
デュエルをすれば全てがわかる。
凌牙は仲間なんだ。
だから、あんな連中と一緒にいちゃいけない。
勝てると楽観したのは、遊馬の慢心だった。アストラルと共に戦ううちに、数々の勝利を少なからず自分の力量だと思っていた。
しかし、アストラルの助言もなく、ナンバーズの力もない遊馬は、凌牙の実力には遠く及ばなかった。
負けたく、なかった。
今ここでくじけて、自分はもう一度凌牙を迎えに行けるだろうか?
鉄男のデッキと形見のデッキをかけて戦ったときも、負けたくないと思った。だがあのとき遊馬が求めたのは、前に進む力だった。
恐怖が、遊馬の心臓に絡みつく。何度でも迎えに行けばいいのだ、大切なものをかけても、何度でも。
それに見合うだけの価値を、凌牙の存在に感じているのなら。
けれど、遊馬には、自信がなかった。
絡みつくような恐怖を振り払って、もう一度凌牙の手をつかめるだろうか?
あの不良たちは凌牙の居場所だと言ったのに、今、『この時』でも。
嫌だ。
自分にこんなひどいことをした連中が、凌牙の居場所でいいわけがない。
混乱と恐怖の中で、遊馬はそそのかす囁きに頷く。
『勝利を得よ。それにこそ、絶対の価値がある。』
そのとき遊馬が願った力は前に進むものではなく、後ろに下がらぬためのもの。
遊馬がカードを引くのは、前に進むと言うことだったのに。
自分自身に嘘をつかなければ、いつだって前に進めた。
自分に嘘をつき、生き方を曲げ、欲しかった勝利は、なんのためなのか。
失いたくなかったものは何?
欲しかったものは何?
この恐怖はどこからくるの?
恐怖も、敗北も、挫折も、全て乗り越えて、美術館に向かった夜。
凌牙は遊馬の手を取った。
嬉しかった。
二人の手で掴んだ勝利は鮮やかな輝きで、遊馬の心を照らした。
不良たちにされたことは遊馬の心に傷を残した。だが、その傷を遊馬は癒していける。デュエルに向き合う心も自分自身の道もより確かに取り戻した。
何もかもが晴れやかで、澄んだ光に照らされているようだった。
光があまりにも明るく遊馬の心を照らすから、知ってしまったのだ。
気づかなかった自分自身の心を。
気づいて気づかない振りをするのは、『嘘』だろう?
嘘をついたままで、カードを引けるわけがないのだ。
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遊馬の心、難しいです。
後でちょっといじるかもしれません。
(111109)
早速いじりました
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