仮想空間 前編





 バーチャルリアリティ。
 仮想現実と言われるその世界は、まったくの仮想ではない。
 体感型のバーチャル空間が作り出されてから、一部アダルトソフトなどでは半ば公認化されている事だが、仮想現実に作られたアバターの触覚は、本人にとって現実に近い感触で認識されるのだ。
 もっとも、ゲームに使われるARビジョンでは視野を片目のみ、衝撃は痛覚なしと定められている。
 だから、今の状況に対する遊馬の恐怖は、得体の知れないものだった。
 両目両耳を覆う機械の名前は知らないが機能はなんとなくわかる、わかりたくもないものだが。
「もう一度聞くが」
 男は真っ暗に閉ざされた視界の向こうから遊馬に話しかけた。
「ナンバーズカードはどこにある?」
「俺は持ってない!あれは俺のカードじゃない。」
 何度目かわからない回答をすると、男の口からため息が漏れるのが聞こえた。
 それはそうだろう。
 遊馬がナンバーズカードを使える限り、たとえ今持っていなくても保管している人間は知っているということだ。
 いつからだろうか?
 ナンバーズカードに秘められた力に気づいた人間は所有者だけではなかった。
 所有者ならばデュエルで奪おうとする。
 けれど、その力と金銭的な価値しか認めない連中は、ナンバーズを多数所有する遊馬に狙いを定めた。
 何の力も無い遊馬はなすすべも無く捕らえられたが、カードが奪われる前にアストラルを逃がした。
 誰も手が届かない所へ。
 アストラルが遊馬の傍から消える時、ナンバーズカードも同時に消えた。
 それはナンバーズカードの所有者が正確にはアストラルであるという証明であるとともに、存在の消滅という、絶対の防御を示す。
 今まではそれですんだのに、今回は違った。
 遊馬は拘束され、寝たことの無いような上質なスプリングベッドの上に寝かされている。両手両足はそれぞれ布で縛られ四方に固定され、よくわからないマシンが装着された。
 犯罪すれすれではあるが、かろうじて合法的に回収する。
 そういう事なのだろう。
 遊馬を殴ったり傷つけたりすることはしない。けれど、こうして恐怖を与え、遊馬がナンバーズカードを自ら手放した形にしたいらしい。
 縛られた腕に力を込めるが、手首には柔らかな綿のような感触があり、あざの跡すらつけるつもりがないらしかった。
 非合法の仮想空間では、性感はもちろんのこと、痛覚も再現される。
 遊馬はじわりと浮き上がる汗を自覚するとともに、さしてたまってもいなかった唾を飲み込んだ。
 きっと、これから行われるのは拷問だ。
 遊馬の口からナンバーズの行方を知るための。
 怖い、と思う。
 でも、遊馬がナンバーズを失ったらアストラルが消える、死んでしまう。
 現実に傷つけられないなら、どんな映像を見せられてもアストラルを守らなければいけないと、遊馬は心を決めた。
「君は、とても強い目をしているね。」
 そんな目をしている者にはね、仮想の痛みはあまり効果がないのだよ。
 男は続ける言葉は言わなかった。
 けれど、恐怖に身を震わせながらも、絶対にしゃべらないと決意する遊馬は、まぶしさを感じさせると同時に息苦しさを感じさせた。
 あまりにも高尚な魂は、それを打ち砕くのに罪悪感よりも喜びをもたらすらしいと男は笑う。
「ナンバーズの行方を思い出したら、好きな時に言うといい。」


 世界に光が満ちた。



 視界に溢れた光が消えると、遊馬は見知った場所に立っていると気づいた。
「学校?」
 思わず声が漏れる。
 夕闇のような薄明かりに照らされた校舎が見えた。
 深く考えずに遊馬はあたりを歩く。
 今は夕方で、自分は制服を着ている。
 校門を振り返り、歩き出そうとした瞬間、轟音が響き渡った。
 なじみのある感覚はデュエル中のモンスター召喚。
「ドリル・・・バーニカル?」
 いつか見た事のある水系モンスターがそこにいた。
 何故?誰が召喚を?
 そう考えるまもなく、フジツボのように表面を覆っていたドリルが耳障りな回転音を上げ、遊馬に向かってきた。
「うわああああ!!」
 弾き飛ばされ、地面に転がされると激しい痛みを感じる。
 モンスターに襲わせようと言うのか。
「ふっざけんなよ!」
 こんなことで屈したりなどするものか。
 しかし、衝撃に閉じていた目を開けて、遊馬はもう一度驚いた。
「服が・・・」
 ドリルの回転に絡めとられ、胸元からわき腹にかけて大きく服が裂けていた。
 デュエル中の衝撃は痛みを与えないだけでなく、当たり前の事だが現実の身体に傷などできないし、服が裂ける事などない。
 
『ナンバーズはどこにある?』

 反響するような、声。
 遊馬には目の前のモンスターが話したように聞こえたが、この仮想世界の外であの男が言っているのだろう。
「知るもんか!!」
 遊馬の叫びは、宣戦布告だった。
 絶対に、負けない。
 目の前にうごめくモンスターを睨み、強く拳を握った。


後編









長くなっちゃったので切りました。
後半はニョロニョロです。
切ったついでにニョロニョロ量を増やしてきますニョロ。
(110522)





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