小説 | ナノ







*マッチ売りの淑女



薄暗い雰囲気のある店内、客は少ない。
目の前の酒を口に含み、そして、深くため息をつきながら持っている葉巻を口にくわえる。
また負けたのかい、パウリーさんと馴染みの酒場の主人に笑われるが、こっちはたまったもんじゃない。
今月に入ってから、まだ一勝もしていない。

「アンタ、向いてねぇんだよギャンブル。ガレーラの職長さんだろ?悪い事は言わねぇ、良い給料もらってんだ。賭事はもうやめなって。」
「うるせー。」
「そういう文句はツケを払ってから言ってくれないかしら。」
「あぁ?な………」

酒の入ったグラスを片手に持ちながら、俺に近づいてくる見知らぬ女。
深くスリットの入ったワインカラーのドレスに綺麗にセットされた髪、チラリと見えたうなじに息を飲む。それに、魅惑的に紅く彩られたぷっくりと潤う唇。
………なんなんだ、この女。
スリットや胸元の開き具合から、思わず破廉恥等と口から溢しそうになったが…独特な雰囲気を纏っているせいなのか上品で妖艶に見える彼女には、破廉恥なんていう言葉は不相応に思えて口をつぐんだ。

「美人だろ?」

黙りこんだ俺にニヤニヤと楽しげに主人はそう言った。
女はそう言われると、何言ってんだか、とクスリと笑った。

「ちび子ちゃんっていうんだ、最近働いてくれるようになってね。今日はパーティーだったっけな。」
「えぇ。」
「また兄貴の連れ添いだろ?どうだった?」
「ほんっと、金持ち共のパーティーってのはつまんないわ。みーんな自慢ばっか、時計にほどこされたダイヤなんか見えないっつーの。って事で、高そうなもの食べて早めに帰って来ちゃった。」

いたずらをした子どもみたいに笑った彼女は隣いい?と言って俺の隣に座るちび子。
上品かと思ったのは雰囲気や仕草だけで、どうやら本人はわりとお転婆な性格の持ち主らしい。

「あんた職長のパウリーさんでしょ?」
「あぁ、なんで知って…」
「有名だもの、この街にいたら嫌でも耳にするわ。」

スリットからチラリと見える組まれた真っ白な脚から目を反らすのには大変だ、心臓に悪い。
熱を持った俺の顔を見て、主人は肩を震わせて笑っている。
背中向けててもわかるんだよ、このクソジジイ。笑うな!

「船大工か〜。」
「あ?」
「いや、かっこいいなぁって思って。」
「そうでもねぇよ、汗くせぇわムサ苦しいわ男ばっかの仕事場だからな。」
「そこがいいんでしょ、わかってないわね。」

意味がわからないままバカにされて、ご丁寧にハッと嘲笑まで一方的にされた俺。なんだこの女は、上品でもなんでもねぇな。と一瞥すると、じーっと見つめられてしまった。

「ところで、それいつまで放っておくの?」
「は?」
「は・ま・き。」
「あぁ…」

話しこんでいる内に存在を忘れてしまっていた左手でつままれた葉巻。
ライターはどこにやったか、とポケットを探しているとちび子がカバンからなにやら文字の入っているマッチカバーを取り出し、その中からマッチを取り出した。

「火、つけてあげるから葉巻出して。」
「あ、あぁ…マッチってのも珍しいな。」
「もらったのよ、ほらさっさと出して。」

しゅ、と小さな音を何回か鳴らした後に薄暗い店内で小指の爪程の小さな光がぼんやり光る。




マッチ売りの淑女


火を灯して見えたのは彼女の妖艶な微笑みだった。



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この度は素敵企画に参加させて頂きありがとうございましたっ









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