城門内に入ると、玄関の前で降ろされた。
年配の執事らしき人物が立っていて、静かに頭を垂れている。
「ミス・アローズ様、ミス・エインズワース様。お待ちしておりました」
貴族社会では、親しくない間柄の女性の名を軽々しく呼んではならないという決まりがある。
女性の名を呼ぶことが出来るのは、親族および、親しくなった間柄の異性、そして女性のみである。
呼ぶときは「ミス」をつけ、家名で呼ばなければならないのだ。
執事は、お決まりの言葉を言うと頭を上げた。
「こちらへどうぞ」
にっこりと優しい笑みを浮かべて、リーシェたちに中に入るよう促す。
リーシェとミトラは、互いにアイコンタクトを交わすと同時に一歩足を踏み出した。
「リーシェっ!!」
会場まで案内すると、執事は次の客を迎えに行った。
中に入るや否や、聞きなれた声が響き、直後誰かに勢いよく抱きつかれる。
「ああ、わたくしの可愛いリーシェ。お元気にしてまして?」
「あら、ルイスお姉様。元気でなければ、今ここにいませんわ」
「そういえば、そうね。でも、そんなことはどうでも良いですわ。会えて良かった……。中々会いに来ないんだもの、わたくしたちはとても寂しかったのよ?」
豊かな胸に顔を塞がれて、顔も見れないし息も出来ない。
いい加減放して! と叫びたくても、叫べない状況。リーシェは今にも窒息死しそうだ。
「ルイスお姉様、リーシェを放して差し上げましょうよ。今にも息絶えそうですわ」
「あら、わたくしとしたことが。ごめんなさいね、リーシェ」
「ぷはっ」という声とともに、解放されたリーシェは何度も深呼吸をした。
ゆっくりと顔を上げるとそこにいたのは、懐かしい姉たちの顔。
一卵性双生児の姉たちは、瓜二つで見分けが付かない。母似の黒髪に、豊かな胸、真珠のような肌を持つ姉たちはリーシェとは違い美人だ。
二人は、髪型を変え、ドレスの型は同じだが色違いのものを着ている。
「姉様方、お、お元気そうで、なによりです」
絶え絶えの息でリーシェは言う。
本当に、あと少し遅かったらどうなっていたか。
「お、お母様……?」
小さな声が聞こえて、姉たちの足元を見ると幼女がドレスの裾を強く握りながら立っていた。
見た目からして、六歳前後だろうか。
くりくりとした団栗眼、姉にあまり似てないことから旦那様似なのだろう。
「ああ、そうそう。リーシェ、紹介しますわ。ほら、ご挨拶を」
上の姉、ルイスは我が子の背を押す。
「ご、ごきげんよう。叔母様、わたくしはアーニャ・リデントですわ」
緊張した表情で、ドレスの裾を掴み優雅にお辞儀する。
さすが、姉たちの娘だ。ちゃんと教育が行き届いている。……自分と違って。
「あたしは、リーシェよ。よろしくね、アーニャちゃん」
リーシェは怯えさせないように、精一杯の笑顔を浮かべて話しかける。
すると、幼女もつられるようににっこりと微笑んだ。
「ふふ、リーシェが元気そうでよかったわ。わたくしたちは、あちらに居るから何かあったら遠慮せずに来るのよ?」
「うん。わかったわ」
用件が済んだのか、姉たちはミトラに軽く会釈して旦那様の待つ場所へと戻っていった。
心のどこかで無意識に緊張していたのか、ふっと身体が軽くなる。
「楽しそうなお姉様方でしたわね」
リーシェと姉たちのやりとりを、背後から黙ってみていたミトラはクスクスと笑っていた。