15歳の時だった。朝起きたら、召使いのメルが鮮やかな青のドレスを持ってきた。今日は何かパーティでもあったかしらと尋ねれば、もじもじしながらわたくしの口からは…と気まずそうにしながら、私に青いドレスを半ば無理矢理着せてきた。おかしい、いつも着替えは自分でするからと言いつけているから絶対に手を出してこないのに。そうかと思えば次は化粧を施し始める。せっかくの休暇になぜ朝からこんな目に遭うのかと問いただすと、やはりわたくしの口からは…としか返ってこない。そうこうしているうちに、最後に髪を結い上げられて、あっという間にパーティ仕様な私ができあがった。鏡の前で呆然としていると、パパとママが部屋に入ってきた。


「ああなまえ、とっても綺麗だよ。」
「本当、よく似合っているわ。」
「パパ、ママ、今日はなにがあるの?寝起きにこんな格好させられて、気分が悪い。」

なまえが不機嫌にそういえば、父エドガーと母フィリアは困ったように顔を見合わせ、大きく溜息をついた。

「今日はおまえの結婚相手に逢う日なんだ。」
「え…???」
「いや、結婚相手というか、この間同僚と娘の自慢話をしていたら、たまたま大臣が話に入ってきて…そんなに綺麗な娘さんなら孫息子と結婚させないかと…せめて逢うだけでいいから頼むと泣きつかれて…なまえだけじゃなくて同僚の娘もなんだが…」
「そう、まだ決まった訳じゃないのよなまえ、その、あなたにはあなたの人生があるし、というか、レギュラスくんがいるし、私達もできれば勧めたくないのだけれど…でも、まだ婚約もしていないし、他の男性を見る目も養うことも大切にね。」
「…写真は?」
「…写真は…あるにはあるが、まずは一度「写真は!!!」

娘の剣幕におされエドガーは渋々自分の書斎から相手の写真を持ってくると、それを開いてなまえに見せた。

「私だって、こんな男に可愛いおまえをあげる気はない。だが、一応大臣から泣き疲れたんじゃ逢わせないわけにもいかなくて…」
「そうなの、でも、見た目はあれでも…性格は、いいかもしれない、し…」

必死でフォローをするエドガーとフィリアだが、写真に写る男はどうしたって気持ちが悪いとしか言いようがない。心に決めた相手がいなくとも、こんな男の嫁になるなどは写真の印象からすでに願い下げだ。わなわなと体を震わせてきっと両親を睨みつけると、なまえは床に写真をたたきつけた。

「パパもママも…だいっきらい!!!!!」
「なまえ!!」



フォワノール家のお嬢様

―庭の金木犀の木の向こう、塀を越えると長いつき合いの家がある。小さな頃から、そこの家に住む一つ下の幼なじみが大好きだった。



「レギュラス!」
「……ん…なんですか…なまえ、部屋に入る時はノックしてくださいと何回言ったら…「今そんなのどうでもいいの!レギュラス助けて!私、でぶでぶの脂汗男と結婚させられちゃう!!」

わーん、と、ノックもなしに入ってきてそのうえ自分の上に跨がって泣き出す、パーティ仕様のなまえに混乱したりどきどきしたり、なんだこれ、な展開についていくのも難しいがなんとか状況を飲み込んだレギュラスは嘆息した。なまえの頬にはりつく涙を指で掬いながら反対の手を白く小さな手に重ねると、翡翠の瞳と視線がぶつかる。

「あなたが結婚する相手は僕でしょう、まあ、親同士の取り決めですから、決定ではありませんが。」
「でも、レギュが15になるまで婚約もできないんじゃああたしは端から見たらフリーでしょう…その気がなくても、相手が大臣の孫息子だもの、あっという間に話をまとめられちゃうわ。うう…」

レギュ以外の人と結婚なんか嫌ぁぁ〜!!!!
わあわあと泣き出すなまえはこうなれば手がつけられない。本当に年上なんだろうか。すると、なんだよ騒がしいと不機嫌そうに起き抜けの兄のシリウスや、どうしたのですかなまえお嬢様とクリーチャー、しまいにはなまえを溺愛する我が両親までもが自分の部屋に集まりだし、ブラック家を巻き込む大騒動となってしまったのだから、レギュラスはますます頭を悩ませた。それにしても大臣の孫息子とは、さすがにブラック家でもうまく話をもっていかないと下手したら新聞記事沙汰になるやもしれない。相変わらず泣きやまないなまえを抱きしめながら、再び溜息をついたレギュラスだった。

―泣きたいのは、結婚が形上決まっている好きな人が違う男と縁談する話を朝から聞かされてる僕の方だ。





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