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★ ☆ ★




意識が浮上する感覚と共に息を吸い込む。
身体に冷たい空気が入ってきて、寝起きで火照った体が少しずつ覚醒していく。
いつの間に寝てしまったのだろうか。
なんだか、長い長い夢を見ていた気がする。
胸がぽかぽかして満たされたようなこの気持ちは、内容も覚えていないその夢のせいだろうか。

「朝…?」

体を起こしてぼんやりと辺りを見渡すと、そこは良く見知った自分の部屋。
カーテンの隙間から漏れた日の光が、部屋の真ん中に置かれた小さなテーブルを照らしている。
安心して息を吐き出している間に、体に掛かっていた毛布がずり落ちてしまった。
首周りから冷えていく体をもう一度温め直すために毛布を持ち上げたところで、ふと、いくつかの疑問が頭をよぎる。
自分は今まで何をしていて、一体いつ眠ってしまったのか。
思い出そうとしたけれど、何も思い出すことができなかった。
またどこかで倒れてしまったのだろうか。
でも一体、どこで?それにどうやって家に帰ったのだろう。
次々と押し寄せる疑問の波に呑まれて混乱しかけたところで、玄関からかすかに聞こえた物音に意識が現実に引き戻された。

「…?」

カタン、と聞こえてきたその音は、何かの聞き間違いだろうか。
この家に住んでいるのが自分だけなのは確かだし、会いに来るような人もいないはずだ。
首を傾げたその瞬間、ドアの鍵が回る音が今度ははっきりと耳に届いた。
吐き出そうとしていた息を思わずもう一度飲み込む。
誰かが、この家に入ろうとしている。
その現実に気が付いた途端、頭に靄がかかったみたいに思考が途切れて、体が一気に冷え切ってしまったような感覚に襲われた。

「っ…、っ…!」

恐怖で声が出ないというのはこういうことを言うのだろうか。
玄関から侵入されたのでは、こちらに逃げ道は無い。
なるべく音を立てないようにベッドに戻った俺は、周りの布を自分の方に手繰り寄せると壁に背中を付けて体を小さく丸めた。
乱暴に玄関のドアを開ける音、ドタドタと響く激しい足音。
それらが鼓膜を揺らすたびに体が震えて、息が詰まる。
逃げられないなら、隠れるしかない。
それは分かっているのに、体が言うことを聞いてくれなくて。

「晶太くん…!」
「ひっ…」
「大丈夫ですか?!」

見つめていた部屋のドアが開け放たれるのと同時に、大きな声が鼓膜を揺らした。
堂々と侵入してきたその人は、ベッドの上で硬直する俺を見ると強張らせていた表情を少しだけ緩める。
彼は安心したとでも言うように肩の力を抜いて、腕にかけていたスーツのジャケットを持ちなおした。
その動きに合わせて動く金色の髪の毛が、日の光を取り込んでキラキラと光る。

「倒れたって聞いて心配したんですよ…すぐに来たかったんですが、すいません。なかなか仕事が終わらなくて…。体の調子は?大丈夫ですか…?」
「ぁ…ぇ……っっ」
「…??晶太くん?」

怯えきっている俺のことを置いて、彼はつらつらと言葉を紡いでいく。
必死に体を壁に押し付けながら距離を離そうとしていると、俺の様子を見た彼はぴたりと動きを止めた。
息が詰まって、怖くて、身体の感覚がじわじわとなくなっていくような。
どうしてこの人は俺の名前を知っているのだろうか。どうして、鍵を持っているの。

「どうしたんですか…?まだどこか痛みますか…?」
「ぁ…なたは……」
「ん…?」
「誰…ですか…?」

知らない人。
しかも急に家に入ってきた人と話すなんて。
緊張で体の中の水分が全部無くなってしまいそうだ。
やっと絞り出したその言葉を聞いた彼は、柔らかく細めていた瞳を驚いたように大きく見開いた。
まるで、俺が彼を知らないなんてありえないとでも言うように。

「……」
「ぁ、…あの…?」

さっきまであんなに喋っていた彼が、すっかり静かになってしまった。
もしかして自分が勘違いしてるだけで、本当は知り合いだったのかもしれない。
失礼なことをした。
そう思って、恐る恐る彼の方を見る。
瞬間。

「…ぁ、」

金色の髪の毛と、見開かれた紺碧の瞳。
光の粒が目の前で輝いては弾けて、消えていく。
何故だかわからないけれど、俺は彼から目が離せなくなった。
確かに、彼とは初めて会ったような感じはしないけれど、やっぱり記憶がない。思い出せない。
それでも、胸の中にぽっかりと空いていた穴が埋められていくような気がした。
それが、綺麗で優しい彼と、どうしようもなくちっぽけな俺の、二度目の出会い。


拾い上げた音 

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