「おっと失礼」
夜の影から飛び出した僕に気付いた黒い人間が、ひょいと片足を上げた。
「何だ、お前か。紛らわしい」
悪態をついて足を元の場所に戻すそいつは、この場所を譲る気などないようで。ならばと僕は近付いてくる大好きな足音へと駆け出した。少し遅れてゆっくりと追いかけてくる人間も、この足音が好きに違いない。
「またうちの子をマクゴナガル教授と見間違えたんですか、スネイプ教授?」
大好きな人間の足元にすり寄れば、ふわりと僕の身体が浮いた。身体の何倍もある高さに到着しても、これっぽっちも怖くない。この高さからだって飛び下りられるから。けれど今は、大好きな腕の中に抱かれる心地よさに酔いしれる。
「リリー、目立つ首輪でも付けておけと言っただろう」
「だって嫌がるんですよ、この子」
嫌だね。たとえ大好きな人間からの貢ぎ物でも、お前に言われて用意されたものなんて。
「ほら、この子も嫌だって鳴いてます」
「どうせ飯の催促だろう」
腹立たしい人間には無視をして、僕を抱くその存在へだけ喉を鳴らした。背を撫でる手が喉へと移動して、その胸へとすり寄る。チラリと覗き見た黒い人間は、これがどうも面白くないらしい。それに比べ僕は最高の気分になった。
「少し歩かないか?二人で」
黒い人間の言葉にピクリと耳が反応する。
「こんな時間に散歩ですか?」
「こんな時間だからこそだ。昼間は生徒がいて落ち着けんからな」
嫌な予感に人間たちを見上げれば、嫌な方と目が合った。やがてクスクスと笑う高い声と振動がして、僕はそっと地面へ放されてしまう。
「ごめんね。スネイプ教授は猫にも嫉妬するみたい」
「君だって大鍋に妬く」
「私はお身体を心配して、研究ばかりの手を止めてはどうかと言っているんです」
「そういうことにしておいてやろう」
そいつは嫌な笑い方をして、大きな扉へと歩き始めた。
「そういうことも何も――もう、セブルス!『二人で』散歩だって誘ったくせに、先に行くなんて!」
二人の視界から僕はもう消えてしまったに違いない。無駄な呼び掛けは止めて、眠くもないのに大きな欠伸を一つした。
扉の隙間から差し込む光を二人が遮る。
今宵の月は、静かに二人の影を伸ばした。
Special Thanks
あやとり猫様
(2019.3.1)