私は何もしていない


私は何もしていない。

多少の不用心さはあったかもしれないが、校長室からの帰り、見慣れぬ扉があれば確かめもする。生徒の悪戯か、城の気紛れか。

押しても動かなかった扉を引いたその瞬間、数十センチ先でも扉が開いた。


「え?」

「なっ!」


元教え子であり同僚の、エバンズと目が合った。

お互い声を上げ、目を見開く。彼女の後ろには私室らしき内装が見えていた。ならば、三階のはず。自分のいる八階とは随分と離れた場所だ。設計ミスによって連続した扉が作られただけにしか見えないが、そこには確かに空間を歪める魔法が効いている。


「何だこの扉は?」

「こっちが聞きたいですよ!私は部屋から出ようとしただけで――そっちはどこですか?」

「八階。校長室のすぐそばだ」

「……まぁいいか。退いてください、通ります」

「待て、少しは警戒をっ――」


エバンズが怪しげな空間に足を踏み入れた、その時。バタン、とその背を押すように勢いよく彼女側の扉が閉まった。そして立て続けに私側の扉も。何故か、私までもを扉の内に閉じ込めて。


「どうして入ってきたんですか!?」

「入りたくて入ったわけではない!何かが私を引き寄せた!」

「私じゃありません!」

「分かっている!だがそもそも君が不用意にここへ足を踏み入れるから――」

「あー、あー、聞こえませーん。やっ、ちょっと教授、動かないでください!」


彼女の妙な声に頭は冷や水を浴びたように鎮まった。そしてじわりじわりと自らの現状に意識が向かう。

真っ暗な中、お互いに身体を密着させるしかない狭い空間で、彼女と二人。姿をくらますキャビネットは確かこんな風だった、などと思考を外へ向けようとしても、彼女を構成するあらゆるものが私を引き戻す。


「教授っ、だめ……そろそろ限界っ」

「は?何を――」


トサリ、と彼女がしなだれてきた。より一層密着した身体に体重が加わる。はぁ、と吐息が耳朶に届き、身震いで邪念を消し去った。


「エバンズッ!」

「体勢がきつくてもう保てません」


グリ、と彼女の身体が私のあらぬ場所を刺激した。


「待っ、動くな!」

「無茶言わないでください!ずっとこのままは嫌でしょう?杖が取り出せるか試してみます」


自分も動くなと命じておきながら、私が言えば拒否をする。勝手な言動に腹は立てど、両手を動かせそうにない今、彼女に頼る以外の道はない。

私は斜め上の暗闇を見つめ、唇を引き結んだ。


ほんの数分、彼女は身動ぎを続けた。時には体勢をずらすため身体を擦り付けることも厭わずに。懐を這う彼女の指一本一本の感覚が、こちらにも伝わる。二人の身体で作り上げた肉壁を押し広げ、細い指を捩じ込んで、前進と後退を繰り返しながら深く押し入っていく。

ズルリ、と硬い棒が引き抜かれていく感覚を、胸元で感じた。


「――取れた!」


彼女が適当な呪文を唱えると、我々の身体は彼女の私室へと転がり出る。体勢を立て直し再び触れた扉に違和感はなく、開けてもそこにはいつもの廊下が広がっていた。数秒前までいた空間の痕跡は欠片もない。


「ホグワーツにはまだまだ面白い秘密がありそうですね」


彼女の言葉はいつも頭が痛い。面白いだなどと、酷い目に遭ったと思うのはどうやら私だけ。


「まだ教授の身体がここにあるような気がします」


影をなぞるように、彼女が指で虚空で描く。そこに私がいないのは確かめずとも明らか。だというのに、ゾクリと肌を何かが撫でた気がした。


「今のことは綺麗さっぱり忘れろ」

「嫌です。原因を解明しないと。また同じことが起きては困ります」


彼女の言葉は正論で、言葉を返す気力も続かず口を結んだ。だが彼女がそれだけで終えるはずもなく、ニヤリと上がるその口角にも頭が痛い。


「スネイプ教授って案外体温が高いんですね。それに、とってもドキドキしてた。あんなにすんなり出られるとは思わなかったので、私としては少し

残念でした」

Special Thanks
モフト様
(2019.2.26)


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