忘却の彼方に
追いやったはずの記憶は、遠ざけていただけでずっとそこにあり続けている。他愛もないことで思い出してしまうのは、そのせい。
例えば、夕食に出たただのスープでさえ。ニンジンが嫌いなのだと子供のようなことを言っていた人間がいたことを思い出す。
「セブルス、どうしたんです?手を止めたかと思えばニンジンばかりスプーンへ乗せて」
「無論、食べるためだ」
マクゴナガルに指摘された無意識の産物を口へと運ぶ。
誰かの笑い声に混じり、常に明るい人間の笑い声が聞こえるような気がした。そんな人間とホグワーツ中を歩いていたせいで、どこを通っても隣に誰かがいるような気になってしまう。
記憶が呼び覚まされる度に、傷がどんどんと深く抉られていくような、心臓を打つ杭が増やされるような、受け入れがたい感覚が私を襲う。
だから、忘れていたいというのに。
「リリーが1年間の休暇を取ってから、まだ1ヶ月ですか。泥だらけで食事時間ギリギリの大広間へ駆け込む姿がないというのも、寂しいものです」
「静かで良い」
「今頃どこの国で魔法生物を追いかけているのでしょうね。進路指導で『ニュート・スキャマンダーになりたい』と言ったときにはどうしたものかと思いましたよ」
「エバンズは今頃エジプトだ」
「あら、あなたには手紙が?」
「ほう、あなたには来なかったのか」
お節介な視線には堂々と返せば良い。皮肉や嫌みに変えるのは得意だろう、と私に言ったのもまた、ここにいない人間。
そうやって、彼女が隣へ戻る日まで私は、
何度でも思い出す。
Special Thanks
幽谷様
(2019.2.23)