きっかけは、例の双子のいつもの悪戯


きっかけは、例の双子のいつもの悪戯。

対象者を絞らない設置型の悪戯に、運良く――被害者にとっては運悪く――掛かったのは、スネイプ先生だった。これ以上ない大物。双子は大喜びに違いない。彼らが獲物を確認しに戻ってくる前に抜け出なければ、学校中に知れ渡ってしまう。


「だから私はこの廊下を通らないでくださいってお願いしたんですよ」


彼女と双子だけが知る沼の境界ギリギリでしゃがみ込み、リリーが言った。スネイプは沼と化した廊下に浸かり、ゴーストさながらすり抜ける途中のような状態で眉間を寄せる。胸元まですっぽりと廊下に埋まった彼はその杖までもを沼へ埋めてしまっていた。もがいても体力を奪われるばかりで一向に抜け出せる気がしない。そんな彼に手を差し伸べるでもなく、リリーは続けた。


「それをどう勘違いされたのか、絶対に通ってやる、みたいにズンズン進んで」

「ご託はいい。さっさとこの馬鹿げた悪戯をどうにかしろ」

「私のお願いは聞いてくださらなかったのに、まさか先生は私に頼み事ですか?」


スネイプのこめかみがヒクリと脈打った。それでも声を荒げなかったことへ自分自身を褒めてやりたいと思いつつ、彼は深呼吸ひとつで平静を装う。


「何が望みだ?」


リリーがニンマリと唇で弧を描いた。


「一つは、この件に関しての減点と罰則をしないこと」

「一つは?一体いくつ条件を出す気だ。欲張れば後悔するのはエバンズ、君だぞ」

「ここから助けることと、誰にも口外しないこと。最低でも二つは条件を呑んでいただけるはず。好きなだけごねてくださって構いませんよ。人が来るのは時間の問題です」


城から隔離されたような静かな廊下。しかしそれもいつまで続くか分からない。5秒後か、5分後か。スネイプはあらゆるものを天秤にかけ、笑みを濃くするリリーを睨み付けた。


「二つ目は?」

「そう来なくちゃ」


リリーはスネイプの埋まるすぐそばまで身を乗り出して、彼の乱れた前髪を耳へとかける。ぱさりと乗りきらなかった髪が重力に従い零れた。それを指へと巻き付け弄ぶ。


「今から5秒間、目を閉じていてください。そしてその5秒間の出来事は、なかったことに」

「断る」

「たったの5秒間ですよ?」

「何を企んでいるか知らんが、目を閉じる気はない。何かするつもりなら我輩の見ている前でやれ」


出来るものなら。そう言いたげな視線を受けても、リリーが怯むことはなかった。


「分かりました」


彼女は快諾すると腰を丸めスネイプの鼻先に顔を近づける。彼が動かせる部分すべてを使って仰け反ると、クスクスと笑って顔を離した。


「いーち……」


リリーがゆっくりとカウントしながら彼へと手を伸ばす。


「にー……」


その手を彼の特徴的な黒髪へと乗せた。


「さーん……」


そっと労るように、頭部の曲線をなぞる。


「しー……」


何度も、何度も、時間の許す限り手は頭を往復した。そうして撫でる感覚が、彼にも伝わる。困惑しながらも彼は黙ってされるがまま、彼女の手を受け入れていた。


「ご!」


カウントが終われば、手はあっさりと下がっていく。たった数秒触れられた場所に全神経が集まっていたような気がして、スネイプは乱暴に首を左右へ振った。耳にかけられていた前髪はだらりと落ち、いつものスネイプが完成する。


「今度は私の番ですね」


リリーは立ち上がると小瓶を取り出し、栓を抜いた。スネイプのすぐそばで逆さにすると、トポトポと重みのある音で沼がそれを飲み込んでいく。

どこかで誰かの話す声が聞こえた。


「おい、エバンズ」

「大丈夫ですよ。すぐに抜け出せますから」


ゴポリ、と沼が大きくゲップした。間を置かず、スネイプは足裏を何かに押される感覚がして、彼の身体はみるみる内に競り上がっていった。まるでチューブの歯磨き粉のように押し出される彼へリリーが手を差し伸べる。しかしバランスを崩しながらも、彼がその手を取ることはなかった。

トントン、と彼が慎重な一歩目を靴先で確認する。


「ただの廊下です」


リリーは彼の向かう先へ数歩歩いて見せた。いつものように尊大に鼻を鳴らした彼が髪をくしゃりと掻き上げる。その手付きがどこか辿々しく思え、リリーは先程までそこに触れていた自らの手へチラリと視線をやった。


「次はないと思え」


一瞬、頭を撫でたことがリリーの脳裏を過る。しかし石畳をにじる彼の靴に悪戯のことだろうと考え直した。お互いに5秒間の記憶はないはずだから、と。


「全くもって、くだらない」


そう捨て台詞を残し、彼はマントを翻して廊下を颯爽と歩いていった。その黒髪が風に揺れる。

まるで何もなかったかのように。






Special Thanks
you
(2019.2.22)


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