生理痛。
それは人によって程度が様々で、痛みを伴わない人もいる。私もどちらかと言えば軽い方で、それは痛みだけに限らない。
しかし今月は違った。
どんな変化が起こったのやら、怠いし痛いしイライラするし、体調はもう最悪。太陽が沈むにつれ悪化して、夕食を摂りに大広間へ行くことすらできず、職員に宛がわれた一人部屋でベッドに蹲るしかなかった。魔法すらまともに扱えなくなって、痛みの波をやり過ごせることをただ願うだけ。
こんなときに限って、勘のいい恋人の気が利かない。夕食の席に姿が見えなければ心配するものではないのだろうか。今にも扉を叩き、「どうした?」とあの低い声に憂慮を滲ませ――。
「セブルスのばか」
完全な八つ当たり。それも生理が原因の。理解はしていても、上向き始めた体調と相俟って、私はのそりとベッドから這い下りた。
コツ、コツ、といつもより時間をかけてリリーが階段を下る。十分に着込んできたというのに地下は彼女の身を冷やしていった。
重たそうな木の扉にノックは三つ。名乗れば、扉は自動的に開いた。ごうごうと燃える暖炉にリリーはホッと息をつき、奥の事務机に向かうセブルスを見つけてムッとする。
恋人がこんな苦しい中会いに来たというのに見ようともしないとは。
「急用でなければ少し待っていてくれ」
挙げ句、そんな言葉ひとつしか寄越さない。
リリーが机を回り込み彼へ向かうと、何事かと流石のセブルスも顔を上げた。椅子を引き浮かしかけたその腰を、彼女は肩に両手を乗せて押し戻す。
「どうした、リリー?」
彼女の手に手を重ね、セブルスが彼女を見上げる。
「痛い」
簡潔にそう述べて、リリーが彼の膝へと股がった。いっそ痛みを分け与えてやりたい。遠慮なく座っても文句ひとつ言わないセブルスに多少は気を良くし、彼の肩へと頭を乗せる。
「マダム・ポンフリーに貰った薬は飲んだのか?」
「どうしてそれを?」
「夕食の席でミネルバと話しているのを聞いた」
「つまり盗み聞きってことね。マダムがくれたのは弱い薬だったから効いてくれてない。どうして部屋へ来てくれなかったの?」
「寝ているのだろうと……」
「痛みでろくに眠れやしない」
「今日はやけに突っ掛かってくるな」
スネイプが彼女の背へと腕を回す。撫でようと指先が触れた途端、リリーはその手を叩き落とした。
「触らないで」
「この状況で?」
「ご存じでしょうけど、今の私はちょっとピリピリしてるの。逆らわない方が身のためよ」
「そのようだな」
リリーが大きく息を吐き出した。腹部の不穏な疼きに眉間に力が入る。庇うように両手を当ててみても、治まるはずがなかった。
「生理なんてなくなってしまえばいいのに」
徐々に復活し始めた痛みから気を逸らせるようにリリーが呟く。
「それは、困る。将来的に我々には必要だろう。君にとっては、負担の大きいことではあるが……」
「何それ。セブルスの冗談はいつも笑えるわ」
「冗談ではない」
「よりによって今?」
「いつどう言おうと一緒だろう」
「驚きすぎて痛みも忘れられそう」
言葉とは裏腹にリリーの声はどんどん沈む。スネイプは触れようとさ迷わせた腕を押し止め、机上に置いたままの杖を手に取った。
「私に何かできることは?」
「温めて」
スネイプが杖を振り、彼女の肩にふわりと毛布が掛けられる。優しく包んでやると、彼女はその毛布の中に彼の空いた左腕を引き込んだ。
「撫でて」
ゆっくりと、優しくスネイプの手が往復する。長い指が腹部をなぞる感覚に身を委ね、リリーがまた痛みを逃そうと口から息を吐いた。
「薬がほしい」
「君に合うものを調合する」
「今はここから動けない」
「なら後回しだな。他には?」
「あとは――」
リリーが甘えるようにスネイプへ身を寄せた。
あとはそう、
あなたがいれば。
Special Thanks
you
(2019.1.26)