突然の不機嫌にお手上げ。
スネイプはその文字通り両手を上げて、靴先を擦りながら後退した。芝が足音を消してはいても、相手は彼を見つめたまま。姿勢を低くし鉤爪で地を掻いて、愚かな魔法使いを威嚇し続ける。
スネイプから大きなため息が漏れた。十分な距離を取って、両手を下ろす。右手には杖、左手には小瓶。
鉤爪を少し削り取るだけの予定だった。一番温厚だと聞かされていた個体を選び、教科書通りに頭を垂れて、相手の許可も勿論待った。手順は完璧。現にスネイプは鉤爪を削り取ってみせた人間を知っている。
リリー・エバンズ。
魔法生物飼育学の助手である彼女は容易く成功させてみせた。ならば、自分も。そう過信して、スネイプは彼女の手を借りることなくここへと来ていた。
彼は一度は下げた杖腕を再び上げた。そもそもヒッポグリフの様子を窺いながら採取すること自体が間違いなのだ。こういうことは、生物の動きを封じて行うのがセオリー。眠らせる、縛り上げる、気絶させる、方法はいくらでもある。
スネイプの杖先が縦に動いた。
「スネイプ教授!どうされたんですか!?」
しかし呪文を完成させる前にその手は止まる。振り返れば、声の主は遥か後方にいた。生き物に意思を伝えるためには発声も大切なのだと語った彼女を思い出しながら、スネイプは懐へと杖を入れた。
「どうもこうも、ただ鉤爪を少し取りに来ただけだ」
「声をかけてくだされば良かったのに」
「君の手を煩わせる必要はないと判断したのでね」
言いながら、スネイプはリリーの手に掴まれたままのサンドイッチへ視線をやった。彼女が誤魔化すように残り全部を大口へ詰め込むと、唇に付いたパン屑を指してやる。
「……どうも」
「随分と行儀のいいことで」
片眉を上げてスネイプが鼻で嗤った。
「座ってお上品にナイフとフォークでお食事なんて、人間を含むごく少数の生き物だけですよ」
「君はその『人間』だろう」
「まぁ、そうですね。以後気を付けます」
ヒッポグリフが待ちくたびれたと一鳴きした。スネイプが彼女から視線を逸らした一瞬、舌を出す姿がその視界の端に映り込む。すぐさま向き直ってみても、ケロリと何食わぬ顔で彼女は彼の小瓶へ手を差し出した。
「やりますよ、採取。専門家にお任せください。ヒッポグリフに杖を向ける必要なんてありません」
躊躇って、スネイプは小瓶をリリーの手へと転がした。彼女はそれを握るとにんまりと笑みを強くする。「すぐに、済みますから」と彼へウインクまでしてヒッポグリフへ頭を垂れる彼女に、スネイプは開きかけた唇を横へと引いた。そしてふっと弛めて息を吐く。
嫌みも態度も、彼女のそれなら受け入れてしまう。
悔しいが、惚れた弱みだ。
原文 悔しいけど惚れた弱みだ
Special Thanks
you
(2019.1.24)