君の秘密。
マグルばかりの呑気な喫茶店のテラス席。緑や紫を好む君の服装はマグルそのもの。しかしその手に握られるのは、動く写真の載る雑誌。
彼女は魔女だ。我々と同じ。
それに気付いたのは偶然で、気紛れに店前を通る日すべてに彼女はいた。同じ時間、同じ席、違うのは、その手にあるもの。
ある日は日刊預言者新聞。ある日は変身現代。ある日はマグルが持ち歩きたがらないであろう厚い古書。彼女は何にでも興味があるらしい。
中でも私が気になったのは、世界に数冊しかないはずの魔法薬学に関する本。数多の蔵書を抱えるホグワーツにもなく、伝を辿っても存在すらあやふやだった。それを読む人間を見つけるなど奇跡としか言いようがない。
「失礼、マダム」
扉の代わりにテーブルをノックして、突き動かされた衝動のまま彼女に映る。こちらを見上げる瞳は真っ黒で、しかし自分のそれとは比べ物にならないほど澄んでいた。
「その本に興味がある君の仲間だ」
言外に魔法族であることを匂わせれば、彼女は「仲間」と唇を動かしにこりと微笑む。
「どうぞ、お掛けになって?」
「長居する気はない」
「でも本に関して言いたいことはある。でしょ?」
言い返すこともできず、誘われるまま席へと着いた。座るからには、と店員を呼ぶ彼女に付き合って、飲む気もないミルクティーを注文する。
「あなた、何度もここを通ってる人ね」
断言する彼女に否定は通じない。どうやら互いを観察しあっていたらしく、ならば話は早いと本題へと駆け込んだ。
「可能ならばこの本を借り受けたい。勿論そちらの条件も聞く。ここで読ませてもらうだけでも構わない」
「そうね……なら条件を言うわ」
彼女はトトトトと順にテーブルへ指をついた。赤く色付いた爪が白い肌に浮いて目を引き付ける。その手がゆっくりとこちらに伸びる様に息を呑んだ。
「手を見せて」
「手を?」
何とも奇妙な条件に、呪いの類いかと警戒する。目を合わせても心を読ませない彼女にはそれなりの覚えがあるらしく、尚更油断はできない。だがそばには杖も魔法道具の類いもなかった。ここで渋るのも妙だろうと、私はテーブルの下で杖を握り、逆の手を彼女へ差し出した。
「色々な経験をしてきた手ね。随分と魔法薬の調合もしてきてる」
白く細い指が、無骨な荒れた指を辿った。
「分かるのか?」
「理論だけの頭でっかちかどうかくらいは見分けがつくでしょう?あなた、名前は?」
「セブルス・スネイプ」
「セブルス、素敵な名前ね。会えて良かったわ」
そう言うなり彼女は立ち上がった。
「待て!」
咄嗟に彼女の手を取り引き止めて、本の話はどうなるのかと問い質す。彼女は、あぁ言い忘れてた、と悪びれずもせずに微笑んだ。
「あげるわ。中身はすべて頭に入ってるから」
彼女は微笑んだ表情のまま、掴んだ私の手を握り返す。腰を屈め、こともあろうに、私の手へとその唇を寄せた。
「――何をっ!」
「この手を大切にね。私、リリー・エバンズ。次に会ったときは、本の意見を聞かせてちょうだい」
帰宅して、奥付けを開き驚いた。神秘に包まれていた専門書の著者は『リリー・エバンズ』。彼女自身が書いたものだった。
是非直接話を。そう思い、何度も喫茶店へ足を運んでみたが、彼女が現れることはなかった。ずっと探し求めてきた本を手に入れて尚、私は探し続ける。神秘に包まれた彼女自身に会うために。
これは、
私の秘密。
Special Thanks
you
(2019.1.20)